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□陽重なりて晴れとなり
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お昼も過ぎた頃。

その門を入り行くざわめきと、それとは
別に彼女の一際明るい声が一行の帰城を
知らせる。

ああ、彼女が帰って来たというだけで、
城が明るく感じるのは気のせいではない
だろう。

実際にユーリを始め、彼女の視察に追従
していなかった使用人たちが嬉しそうに
彼女を出迎える。

沢山見て来た城で、また彼女が来る前の
この城でも見なかった光景だ。


「これ、花屋のおばあさんに貰ったの。
余ったものだけ頂いたから、あまり長く
持たないかもしれないけど水切りして
あげれば暫くは楽しめるから…。」

「はい、プリンセス。」

「もし良かったら皆さんのお部屋にも
一輪差しになっちゃうけど、どうぞ。」

「わぁ、ありがとうございます!」

「あとこれは厨房に届けてくれる?
リンゴを沢山頂いたの! 後でパイでも
作りたいんだけど…美味しい作り方、
アラン教えてくれる?」

「…仕方ねぇな。」

「ありがとうアラン!…じゃあ後でね。
あ、ユーリその子供達から貰った絵は
私の私室に…」

「わかってるよ、サラディナ様。
綺麗に整理して貼っておくね。」

「うん、さすがユーリ。
解ってくれてありがとう。」

「うん、任せて。あ、それも持つよ。」

「ううん、これはいいの!」


そんな会話の一つ一つが。
城下での視察が友好的だったのだと確信
させ、きっと彼女はその笑顔で『城下
上がりのプリンセス』と言う以上に城下
での支持を強く受けているのだろうと
思われた。

そんな会話が窓の下から聞こえて来たか
と思えば、廊下を通し…次第にこちらへ
近付いて来る。

此処は彼女の私室とは関係の無い場所。
あるのは客間と俺のアトリエと俺の私室
…そんな棟で。

軽やかな足音が部屋の前で止まる。


コンコンコン
か弱い力のノック。

俺は視察から此処に直行された事に首を
傾げつつ、ドアを開ける。
彼女である事は確信して。


「お帰り、サラディナちゃん。どう…」


どうしたの?そう訊こうとして、目先に
差し出された大輪の花に目を奪われた。


大きな黄色の大輪の花。
花弁は厚めで緩やかにカーブを描き、
このあたりで見る花とは全く違う。

そのハーブの様な香りのする花には嘗て
見覚えがあった。


遙か彼方のシノワの国からの貢物。
確か『キク(菊)』と言ったか。

フローリスツ・フラワー(園芸植物)とし
物珍しい種類に庭師達が目の色を変えて
世話して居たのを覚えている。


「これは…キク…?」


素焼きの鉢植えを重そうに抱えた彼女は
花の後ろから満面の笑みで顔を出し、
俺のその言葉を聞いて忽(たちま)ち悄気
(しょげ)返ってしまった。


「…やっぱりご存知でした…?」

「えっ、あ、ごめんね…?」


大輪の花を挟んで部屋の入り口で佇んで
両際で悄気(しょげ)返る俺達。

その自分たちの様子に気付いたのか、
彼女がぷっと噴き出した。

つられて俺も一緒に微笑んでしまう。


「ごめんなさい。イキナリ来て、お花
突き付けて。ビックリしましたよね?」


可笑しそうに笑いを潜ませた声で言う。
そのコロコロ変わる可愛らしい表情に
俺も柔らかな表情のまま問う。


「これ、俺に?」


重そうに回された、鉢の彼女の手ごと
支えれば、熟れた実のように赤く染まる
彼女が可愛らしくて。


「…はい、ロベールさんのお誕生日に
何か差し上げたくて…。」


そう言って、真っ赤なまま微笑んで
俺を見上げる彼女はこの上も無く美しく

…まるで、この花の妖精のよう。





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