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□貴方に貰ったこの甘やかさは
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サラディナの気持ちには気付いていた。

彼女が私を一介の教育係以上として…
そう、1人の男として見ている事に。

私は教育係なのに…
貴女が選べない唯一の男なのに…
馬鹿な人ですね…

そう思うのに、彼女の視線に胸の奥を
叩かれる自分が居た。

そもそも彼女を見出したのは自分だ。
澄んだ瞳、無垢で真っ直ぐな性質、その
慎ましやかな性格と勤勉な勤務態度…。
どれを取っても私が思う、次期国王を
自分の欲だけでは選ばないだろう理想の
プリンセス。

彼女を選んだ自分の目利きは直ぐ様実感
した。彼女にプリンセスレッスンを
施した時に。

知らない事を素直に訊けるその姿勢、
聡明なその視線は、意地の悪い質問にも
たじろぐ事無く真っ直ぐに受け取り答え
…それは誰が相手でも。

彼女のその素直な真っ直ぐさに思わず
私が怯んでしまう位で。
その誇り高さは簡単にプライド、と言う
には高貴過ぎて。


『…それはプリンセスとしては当然なの
かもしれませんが、人として私は外れて
いると思います。』


ある日公務で出掛けた際、子供が1人…
彼女の元へ駆け寄った。公務優先として
従者は子供を彼女から引き離した。

だが彼女は従者を止め、子供の視線に
しゃがみ込み、話を聴いた。
子供の父が倒れた事、お金が無く医者に
診せられず食うに困っている事。

彼女は直ぐ様医者の手配を行い、子供の
母親に出来る仕事を斡旋できる者をその
場の声掛けで探した。

或る程度の小銭を恵み、直ちにその場を
離れて予定の貴族のサロンに行くように
言った付き人の官僚に彼女は言った。


『お金だけ恵んでもその場凌ぎにしか
なりません。彼らに必要なのは安定した
仕事とお給料です。例え母親だけでは
父親ほどの稼ぎは無理でも。
――彼らは物乞いではないのですから』


そして彼女は戻り次第、国の経済状況や
国民生活レベルの水準などを私やレオに
訊き、その逸早い解決策にはどのように
したらいいのか教えて欲しいと乞うた。

相当辛辣に官僚たちに責められながら
帰城したと聞いたのに。


そんな彼女だから
私は彼女をプリンセスに選び……
そして私自身も惹かれたのだ。

私の目は確かだったという誇る思いと、
それに比例して…そんな彼女を私だけが
得る事が出来ないのだと思えば、何とも
言えないような想いになるのだった。


そんな私なのに…彼女は私の誕生日に
何か画策している様で。

解り易い彼女。

ここ数日、彼女が必死に私の視線の先を
…興味を持つ物を、一生懸命探ろうと
しているのが分かる。

最初は何か悩んでいて相談したい事でも
あるのかと思った。だが、それにしては
私が声を掛けようと近づけばその視線は
何も無かったフリで明後日を向き。

だから気が付いたのだ。
彼女が知りたいのは私の事だと。
そして日付を見れば、私の生まれた日が
もう直である事に気付き、ああ…と思い
至った。

もう長い事、私にとっては何の意味も
持たない日であったのに…。

彼女が祝おうとしてくれているのだと
言うだけで、嬉しくも微笑ましい。
同時に遣る瀬ないこの気持ちを私はどう
処理したらいいのでしょうね。

そう気付けば…私は彼女に言う言葉も
何も浮かばず、途方に暮れてしまい…。


結局、彼女に問う事も、彼女に何かを
訊かれる事も無く…迎えた前日の夜。

ふと何か予感めいたものを感じて…夜の
城の中を歩けば、キッチンから漏れ出た
灯り。それからかすかな物音。

覗き見ればそこには彼女。
今夜は公務も遅かったというのに。

甘い匂いが漂う。

――私の好きな甘い香り

それは甘い焼き立てのケーキの匂いでも
あり、彼女の仄かな香りでもあり…

思わず彼女から見えない場所で足を止め
その場に立ち竦んだ。


彼女はクルクルと城の大きなキッチンの
中で、まるで森の仔リスのように動き
回ってケーキを焼いていた。

焼き菓子を好む私を思ってだろう、絞り
出した生クリームの上にカリカリに薄く
焼いた菓子を砕き繊細に盛り付けていく
様はまるで工作をする子供の様に真剣で

…フッ


思わず笑いが漏れてしまった。


「――誰…?」


ビクリと手を揺らした彼女が不安そうに
キョロキョロと周りを見回す。

このまま見なかったフリをしてそっと
去るつもりだったのに、余りに不安そう
にする彼女の様子に観念して、そっと
物陰から歩み出た。



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