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□貴方に貰ったこの甘やかさは
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「こんな夜分遅くに夜食作りですか?
…太りますよ、夜中にケーキは。」

「ジル…! あっ、これっ違うの…っ」

「…なんて、冗談ですよ。貴女がこれ程
一生懸命に作ってデコレーションしてる
だなんて、…恋しい方へのプレゼント
ですか?」


自分でも驚く程スルリと言葉が出た。
しかもこんな際どい台詞が。

彼女の恋心を確定するような事は…
してはならないと解っているのに。


――これは私の隠れた願望なのだろう。

駄目だと知りつつ、口から漏れてしまう
程に、彼女を渇望してる私の…。


「あ…っあの…っジル、私っ」

「……これも、冗談ですよ。」

「…え、あのジル…。」

「冗談でなければいけません。」

「っ…!」


目を見開くサラディナ。
お互いの視線を交わせば、彼女が…私が
彼女の気持ちに気付いているのだと理解
した事が分かる。

…鈍いけど聡い貴女ですから。
それ以上言わなくとも判るでしょう…?

私は苦笑する。
その笑いが彼女にはどう映るのかも計算
しながら。

彼女への想いの牽制の苦笑…でも実は私
自身への牽制の。


彼女は、それで全て理解した
…のだと思う。

私の言いたい事を

例え本音で無くとも…
私が言わなければならないその言葉を


『教育係を選んではならない』


そのプリンセス制度の中の一条文を。
一瞬だけ伏せられる彼女の目。

…でも瞬きする間に、彼女は顔を上げ


「ジルに日頃の感謝と敬愛を込めて…
これはジルの為に焼いたお誕生日ケーキ
なんです。…食べて頂けますか?」


薄らと涙を滲ませた眼差し。
でもその涙は零れる事は無く。

私は、私に出来る精一杯の優しい顔で
彼女へ微笑み。

彼女はそんな私にクシャッと一瞬だけ
崩れた表情を笑顔にして


「あっ、でも夜中に食べたら太っちゃい
ますよね!…明日、ティータイムに…
ジルの執務室へお持ちしますね?」


そう言って。


その途端に鳴る12時の鐘の音。

それは今が私の誕生日になった瞬間


私はその鐘の音に背中を押されるように
手近にあったスプーンでケーキを
一口分だけ掬い取り、
無言でパクリと口に運んだ。

マナーとしては決して褒められたもの
ではないけれど。


「あっ?! 」

「大変美味しいですよ。」

「ジル…。」

「ほら、貴女も。」


自らが口に含んだスプーンでもう一度
ケーキを掬い取り、彼女へ差し出す。

…彼女はほんの一瞬だけ躊躇したものの
その可愛らしい口をパカリと開けて私の
手からケーキを食べた。

そう、まるで結婚式のファーストバイト
のように。


ただ2人だけの結婚式
私たちの他には誰も居ない
夜中の城のキッチンで


しかもそれは心の内でだけで
私の胸の内だけで


そう思ったのに、彼女の目にも涙。

それは嬉し涙にも、
切なさを堪えた涙にも見えて。


互いに口に出せない
口に出さない想いを呑み込んで


鳴り終えた鐘の音が静寂に余韻だけを
響かせる。


私たちの想いも形は無く、
2人の間に余韻だけを残し


彼女が小さく吐いた息が
私の微かに笑った息と重なり

2人して目を見合わせ


「…ジル、
お誕生日おめでとうございます。」

「…ありがとうございます。」

「ジルは私にとっても、私という
プリンセスにとっても掛け替えのない人
です…。…それだけは言わせて下さい。
ジル、心から尊敬して信頼してます。
…大好きです。」

「…っ……、ありがとう、ございます。
プリンセス。」


思い切り胸に抱き、強く抱きしめたい
衝動に駆られながらも耐える。

それは許されぬ事だから
私だけには

だから、心を強く押し潰しそう言った。


彼女はこの世で最も美しいと思える程
切ない笑顔で微笑み、そのままクルリと
後ろを向くと、何も言わずにテキパキと
キッチンを片付け始めた。


だから私もそれ以上何も言わず


彼女は今日のティータイム、
私の執務室へ…ケーキを持って来るの
だろう。生クリームで補正され、まるで
何も掬われた痕の無いケーキを。

今夜の事は何も無かった顔をして。
そして私もそれを受け、食べるのだ。
何も無かった顔をして…。


心の奥に食べさせ合った今夜の
焼き立てのケーキの味と残像を秘めて



この苦くも甘い 甘やかさを甘受して












Happy Birthday Jill Christophe
2015.11.11 xxx














end.

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