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□春の陽の如く
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【 春の陽の如く 】


生誕祭は父の治世の頃、父のも俺のも
国を上げて盛大に行っていた。

湯水の様に使われる血税。

バラの花を床に敷き詰め、
その香りで噎せ返る室内。

浴びる程に呑まれ零れた酒の数々。

乱れた宴の席と喧しい嬌声。


バルコニーの下から聞こえる国民からの
祝いの声は遠く…。


そんな生誕祭は何度か過ごした。

俺にとって何よりも無駄と感じる行事の
一つでしか無かった。
唯一無二の国王である父の生誕祭ならば
まだしも、なんの力すら持たない息子の
生まれた日ですら、父王への媚び諂いに
利用されて。


だが、今はこの国の王は俺で。

今日は、確かに俺の産まれ落ちた日には
違い無いが…朝から憂鬱だった。

本当ならば俺が国王に即位した時にこの
生誕祭などと言う無駄であり、悪しき
習わしは廃止にするべきだった。

だが、それを頭に浮かべる事の無いまま
即位した最初の年、諸々の雑事で頭は
一杯で、国王となった自分の誕生日など
すっかり忘れて…政権交代で荒れた国を
どう立て直すか、それだけを考え模索
していた。そんな中、国民の心情的にも
明るくする行事だからと側近のアルにも
押し切られ、この日を迎えてしまった。

あの年は国を立て直すのに必死で側近の
アルも俺と同様に雑事に追われていて…
この無駄な日を廃止にしたかったという
俺の願いを忘れて居たらしかった。

…いや、もしかしたらアルはこの日を、
俺の生誕の日を祝いたかったというのも
あったのかもしれない。

あの日…何も無い中で、顔も晒さない
新たな王に困惑していた国民。

国は荒れ果てていた。
国民感情も荒(すさ)んで。

そんな中で発足した新政権。
国民の困惑はさて置き、新たなる王と
国の生誕祭だと名を知らしめ、国民には
温情を示し、旧絶対王制時代に身柄を
拘束されていた思想派や活動家の連中を
恩赦として保釈した。

新たなシュタイン誕生と印象付ける為で
あったが、アルは保釈後の細々とした
手配や片付けに追われながらも、俺に
祝いの言葉を述べた。
『これで名前だけでなく新たな国として
シュタインが生まれ変わったのです。
おめでとうございますゼノ様。貴方と、
貴方の…理想としている国の誕生を、
心から祝して』と。

思い出せば誕生日すらも国民への恰好の
アピールの場として利用した…戦略家な
一面でしかないのかもしれないが、
あの時の嬉しそうなアルの表情は…
心からホッとした様子で。

俺は久々に俺の生まれた意味を、この国
でのその必要性を実感したのだった。

だが、そんな新生シュタインの行事だと
銘打っても、…早速粛清した父王の側近
でありながら、直前でこちらに寝返った
連中は恥も外聞も無く。

命だけは長らえてやった連中はこの場に
及んで王宮に返り咲こうと、俺への
ご機嫌伺いに、高価な名品や珍品を
城へと持ち込んだ。


前王の浪費で逼迫していた王室は結局
これからの政治資金の為にもそれらを
受け取り、結局…俺の生誕祭は多額の
金品が動く、政治経済的な意味合いの
強い毎年恒例の国家行事として定着して
しまった。

…俺が未だに、出遅れ失敗したと思う
国家行事の一つだ。

それが今となっては、旧王制時代から
残る一派連中の動向を定期的に見るのに
丁度良い行事となって仕舞っていると
いうのも皮肉な話だが…。

そして俺は今日もまたフロアで催される
パーティで無表情のまま…受け取った
祝いの品々を事務的にアルへと振りつつ
形だけの労いを口にするのだろう。


――ああ、気が重い。
この様な行事などは無駄だと思うのに。


胡麻擂(す)りに必死な大臣達。
口々にされる心の伴わない祝いの言葉。

俺はそれらを聞くでも無しに聞きながら
挨拶を済まして行く。

どの貴族も…この上滑りな会を何一つ
疑問にも思わず、無意味な風習を続け…

そう思いながら、表情には出さずとも
時間が早く過ぎるのを待ちながら国内の
貴族からの祝いを受ける。

だが、実際にはこの生誕祭には近年、
別の意味合いも含ませてある。

国外からの来客だ。
門戸を閉ざしていたシュタインと交易を
持つ国は極端に少なく、最近になって
漸く国外との交易の準備が整ってきた為
少し離れた国から交易を開始し始めて
いる。隣接した国とでは揉めた場合に
即戦争へと発展してしまう恐れがある
からだ。その為の隣国視察だったりした
訳だが、今年は遠方からもわざわざ
シュタインへ祝いを持って来た客もあり
その使徒たちへの労いを繰り返す。

父王が閉ざしていた他国との交易は現在
我が国の最重要課題であり、国を豊かに
するには必須だ。だから俺の生誕祭は
この様な機会には最適で、今年からは
特に力を入れ、国を挙げての大イベント
へと変貌を遂げている。



そんな中、来賓である大使たちが並ぶ
列の中に一際華奢な身体が目に留った。


ウィスタリアのプリンセス。


そう、あの平民から選ばれたプリンセス
だった。俺は先日、シュタインでは考え
られないその制度と隣国への興味本位で
飛び込みで戴冠式とその披露パーティに
参加していた。

祝いムードで、すっかり他国から者をも
疑わず城までも侵入を許すウィスタリア
という国は、平和呆けとも言える程に
危機感が薄く、隣国とはいえシュタイン
にとって全くの驚異とは成り得無いが、
逆にこの平和呆けする程に平和で豊かな
国は、俺の目指す国の行く末の様でも
あった。

場を荒らすつもりは毛頭なかったが、
そんな平和な国の、元は唯の平民だと
言われるプリンセスへの興味は捨て難く
つい忍んでの視察だと言うのも忘れ、
面と向かって話し掛けてしまった。

初めて対峙した彼女は、俺とアルの
雰囲気に圧倒され、完全に震え上がって
いるように見えた。

顔色は白く、指先は震え引っ切り無しに
指を組み直す様は…それを隠そうとして
隠し切れては居なかった。


その様子を見て、俺は小さな溜息と共に
思ったのだ。やはり平民出のプリンセス
など無理があり過ぎる、と。

一人のか弱き女性としては当然のその
反応だったが、国を統べるプリンセスと
しての立場としては失格だろう、と。



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