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□春の陽の如く
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華奢で頼り無く、脆い。

俺にとってウィスタリアのプリンセスは
そんな印象だった。

それでも、彼女から届いたお礼状には
気丈にも次の機会を示唆する文言が
彼女の直筆と思われる文字で書かれて
いた。印象とは裏腹な、この気丈さ。
もしかしたら教育係の進言で書いただけ
かもしれないが、彼女の字からは彼女の
意思のようなものも感じる事が出来。


それなのに、あの初対面からまだ2ヶ月
程度しか経っていないにも拘らず、
彼女は…他国の大使たちに混じっても
背筋を伸ばし、凛とした佇まいでそこに
座していた。

その様子は誰がどう見ても、プリンセス
として洗練されたもので。


この短期間でどうやって…

初めて会った時以上の興味が彼女に湧く
のが自分でも解った。
一人の女性に此処までの興味を持ったの
というのも初めてながら、沢山の人々の
中にいても目が吸い寄せられる様に…
目が離せないと言うのも初めての体験
だった。

数人の諸国大使の後、プリンセスの番が
回ってきた。彼女は気品のある仕草で
俺に礼を取り、愛らしい笑顔を向けた。

あの白く色の抜け、強張った表情では
無く、まるで小さな花の様な可愛らしい
笑顔だった。


「ゼノ様のご生誕祭へのお招き、誠に
ありがとうございます。ゼノ様の御歳が
健やかで喜びに満ちた歳となります様に
お祈り並びにお祝い申し上げます。」


そう言って膝を折り、顔を上げると
先程より少し恥ずかしそうに声を落とし
「お誕生日おめでとうございます」と
微笑んだ。


誰もが自国のアピールと持ち込んだ物の
売り込みの様な解説をしていく祝いの
言葉が当然の中、彼女だけはそれをせず
俺の生誕祝いの言葉だけを紡いだ。

交易という意味ではマイナスなのかも
しれない。売り込める場で売込みを
しなかったのは。

だが俺にはそれこそが彼女の誠実さで
ある気がした。

きっと、いや…彼女の周りの教育係や
大臣達は彼女に自国の売り込みの文言を
レクチャーしていたに違い無く、それは
国と国の間柄としては当たり前の事だ。

…きっと彼女は気が付いたのだ。
俺がその様な形だけの祝いなどは無意味
だと思っている事に。耳は貸しても、
心には留めていないという事に。
また、それらに辟易している事にも。

平民出の彼女に何処まで読めたかは定か
では無い。単なる偶然かもしれない。


だが。


俺は懇親のダンスパーティで一通り
来客とダンスを共にした後、彼女へと
近付いた。唯の型通りのダンスだけで
彼女との時間を終わらす気は無かった。

彼女に興味が湧いて止まらなかったし、
平民という独特の価値観を持つ彼女の
考えを是非聴いてみたかった。
彼女の目を通したシュタインがとう
なのか興味もあったし、彼女の目に、
俺がどの様に映っているのかも…正直
知りたかった。


それがどういう想いの発端かも知らず


唯、気に掛かって。



先程彼女ともダンスを踊った。

一曲だけ、規定された通りに招待に応じ
祝いに来てくれたご婦人とのダンスの
体で。

踊ってみて驚いた。
彼女のしなやかな動きに。

先日の披露目の時は、俺の突然の来訪で
血の気の引いた彼女は結局…誰とも
踊らなかった。踊らず、護衛の騎士に
連れられその場を後にしたのを目の端に
捉えていた。あの後戻って踊ったか迄は
知らないが。

ウィスタリアでは平民の間でもこの様な
ダンスを踊るのだろうか。

シュタインでは考えられないが、彼女の
足運びや姿勢、またその指先までも
完璧で、全く慣れていない者のダンス
では有り得なかった。

しかも彼女は終始微笑んでいて、
美しくターンして見せた。俺の腕で。

曲の変わりに俺は思わずもう一曲、と
彼女を誘いたくなったのを押し隠し、
他国の来賓達と一曲ずつ踊っていった。

来賓を誰一人漏らさず挨拶とダンスを
した事を確認し、真っ直ぐに彼女の元へ
歩み寄った。


「プリンセス。」

「あ…っ、ゼノ様。」

「少し話をいいだろうか。」

「…はい、喜んで。」


定型の返事だと言うのに、彼女がやや
俯き気味にはにかむから、彼女の場合は
本心から『喜んで』と言ってくれたの
では無いかという気になってしまう。

社交辞令の定型だと分かっているだけに
…それが残念で仕方なかった。



「先程の挨拶の意味を問うてもいいか」

「……え?」

「お前は…お前だけが自国のアピールも
持参品の解説もしなかった。」

「あ…。すみません…! まさかそれが
礼儀だとは思いもせず…。」

「咎めているのでは無い。
しなかったのはお前の意思か?」

「はい…。あの、折角のお誕生日で
在らせられるのに、お祝いよりも自国の
アピールばかりだなんて、私ならきっと
悲しいと思って…。交易なればそれが
当然かとも思ったのですが…でもやはり
私はお祝いを申し上げたくて…。」

「……ありがとう。」

「えっ?」

「そう、伝えたかった。少なくとも俺は
お前のあの言葉で今日という日の意味が
あったのだと思えたからな。」


そう伝えれば、彼女は目を丸くして。
そのこぼれ落ちそうな瞳にキラキラと
フロアのシャンデリアの光を反射させ、
一瞬の間の後、笑った。

俺が思わず目を引き寄せられる、
あの笑顔で。


「良かった。」


そう言って。
心底ほっとした様に。

それはあの時のアルに浮かんだ表情とも
何処か似ていて。


「…ありがとう。」


思わずもう一度言葉が出ていた。
同じ言葉を繰り返すなど、あまりした
記憶は無いが、何も考えずに心から
漏れ出た様に出た言葉だった。


「ふふ、此方こそそう言って頂けて
嬉しいです。ありがとうございます。
そして改めて本日は佳き日にお誕生日を
お迎えなさっておめでとうございます」


そう言って、彼女はもう一度笑った。



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