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□二重に重なる慶びに
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【 二重(ふたえ)に重なる慶びに 】


年の開けたウィスタリアは、雪こそは
降って居ないけれどとても寒くて。

ああ、去年の今頃は城下で子供達と
走り回り、寒いなどと言っている暇も
無かった事を思い出す。

城の中には走り回る子供の影は無く、
豪奢な装飾がされている廊下もだだ広く
閑散として感じた。

窓の外には今にも降りそうに厚みを
増した雪雲が遠くの山に掛かっている
のが見える。


「雪、降るのかなぁ…」


そう呟けば、自分だけだと思っていた
廊下の直ぐ背後から優しい声。


「雪、好きなの?」

「えっ、あ! レオ!」


そこに居たのは、レオ。
重々しい雪雲と対比してレオの銀髪が
冬のお日様を浴びてキラキラ輝く。
その真紅の瞳と共に。


「今から公務?」

「うん。だけどまだ少し時間があるから
ちょっとだけ息抜き…?」


笑って肩を竦めれば、優しい目で私を
見つめ。


「いんじゃない?
…何なら1日くらいサボっちゃえば?
お伴しますよプリンセス。」

「えっ?! 」

「ジルも詰め込み過ぎだと思うけどね。
ここんトコ朝から晩まで走り回ってる
でしょ? 怖〜いお目付役付きで。」

「あ…んー、まぁでもホラ、私は未だ
プリンセスとして半人前だから、ジルも
きっと見てられないんだと思うの。」

「…良い子だなぁ、
サラディナちゃんは。ちょっと位息抜き
してもバチは当たんないと思うけど。」

「プリンセスを惑わさないで頂けますか
プリンセス担当教官レオ=クロフォード
…貴方という人は、全く…」

「わー怖いお目付役登場〜。」


レオとジルは仲が良いのか時折こうして
レオがジルに軽口を叩くのを見る。
その時のジルも『仕方ない』と言った
目をしていて、何時もの厳しい表情が
少し緩んでいる気がする。


そんな2人の様子を見ていると何だか
微笑ましくて。


「ふふ」

「プリンセス?」
「サラディナちゃん?」

「あっ、ごめんなさい!」

「…別に謝られる事なんて何もされて
無いけど…良い笑顔。」


そう言ってまた優しげな目で笑って私の
髪をクシャクシャに掻き乱すから。


「もう! レオっ、髪ぐしゃぐしゃ…」

「あーごめんごめん。貸して?」


私の髪に留めていた櫛を手に取り、
丁寧に解していく。


「い、いいよ…レオ、自分で」

「レオはそういう事が上手ですから
やって貰うといいですよ。」

「そうなの?」

「ちょっとジル、語弊がある言い方
やめてくれる?」

「おや、私の記憶違いでしたか?」

「……。」


――な、何だか不穏な空気に
なっちゃった…?


「え、あの…?」

「こんな廊下の隅で身繕いなどせず、
取り敢えず執務室に移動しましょうか」


ジルは相変わらずのクールな表情のまま
腕を組み、視線で執務室を指し示した。
それに対してレオは。


「…スグ済むよ。こんな乱した頭で
歩かせる訳にもいかないだろ?」

「……。」


なんて会話をしている内に、滑るような
手つきでシュルシュルと髪を纏め上げて
しまった。それこそ髪結い師に頼んだか
の如く、手際良く見事に。


「痛く無い?」

「え? うん、全然。有難うレオ。本当に
上手なんだね。助かっちゃった。」

「数多の女性の髪を梳き解して
来てますからね。彼は。」

「え…。」

「…ジールー?」

「ですからプリンセスも心してから髪も
…それ以外もお任せ下さいます様。」


――『それ以外も』って…!


カカカーーッと真っ赤になってしまった
私はペコリと礼だけはして、頬を押さえ
執務室に駆け込んだのだった。



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