Event

□二重に重なる慶びに
2ページ/17ページ



「ちょっとジル、今の何。」

「貴方に自覚を促して差し上げようと
思いまして。」


廊下に残された俺たちはさっきよりも
更に砕けた雰囲気で言葉を掛け合う。
ジルとは長い付き合いだ。
含みのある言い方も、その態度も裏に
含む物は大凡(おおよそ)は理解出来る。

今回は女性関係のヨクナイ噂立ち込める
俺への釘刺しと、可愛い愛し子である
サラディナちゃんへの注意喚起と
見せかけて、きっと次期国王候補への
根性を決めろ、との発破か牽制。
彼女を狙うなら根性を決めろ、そうで
無いなら潔く身を引けと。


「…全く。」

「なに。」

「その様な表情(カオ)をする位の
自覚はあるんですね?」

「…っ、」

「ライバル達は手強いですよ?
特にハワード卿と貴方の弟君は。」


――知ってる。

次期国王なんて狙いもしない所か、逆に
避けたがってる節のあるルイ。
騎士団長という役職に命を張っている
アラン。

どちらも国王なんてなる予定もそんな
野望も持ち合わさなかったのに、彼女が
プリンセスになった事でその争いに自ら
一歩足を踏み入れてる。

…誰もが未だ、先行きの見通しなんて
出来ないながらも彼女と共になら、と。

その中に、俺も入れと?
そう言うのか。他でも無いジルお前が。

プリンセスの教育係であり、彼女を
見い出し、城へと攫ったお前が。


ふ…と溜息を吐く。
自分の気持ちを散らす様に。

『俺が立候補する訳無いでしょ、
分かってないなぁ、ジル。』

そう言葉を準備して。
それなのに。


「何時までも自分の心から逃げられると
思わない事です。自らの心を偽ると、
その内大きなしっぺ返しが来ますよ?」


そう目を細めてジルは踵を返し、彼女の
待つ執務室へと入って行く。

もう言いたい事は全て伝えた、とでも
言わんばかりの背中にボヤく。
聞かせるつもりもなく。


「そんな事言ったって仕方ないだろ。
…俺にはやらなきゃなんない事があるん
だから。」


目を瞑れば見える炎。
その中の人影。

そこに映るは暗い決意。

そんなものが。

ふと思う。
彼女の笑顔を。
あの、お日様のような優しい笑みを。

俺には相応しくないものとして。


「あーあ、らしくない感傷。」


そう嗤い飛ばして。
クルリと背を向ける。
彼女の柔らかな声が聞こえて来そうな、
分厚い重厚な執務室のドアに。

視線は廊下の先。
俺自身、未だ見えぬ行く末。

ふと前を見ればその廊下の先、過る様に
通り過ぎるのはアラン。


「アラン。」

「…何だ、あんたか。」

「何処行くの?」

「…あいつ、今日公務で外だからな。」

「ああ、サラディナちゃんのトコ?
だったら今ジルと執務室だよ。」

「あ、そっか。」

「私室に立ち寄ったの?」

「…何だよ。」

「別に?」


何か含みがあった訳じゃない。
でもアランの含みのある表情に…何も
感じない訳でも無くて。

胸の奥にモヤモヤと感じるものを無視
して、そのまま立ち去る。

その背中を向けた俺に。


「…なぁ。」


少し躊躇したようなアランの声。


「何?」

「あんた…あいつの事気に入ってんの?
それってマジ?」

「……何言ってんの、アラン。」

「……。」

「変な勘繰りして無いで仕事、
頑張っといで。」

「あんたに言われなくても。」


そう言って互いに背中を向けて。


――ああ、これはアランもマジだ。


胸のモヤモヤは更に濃くなったけど、
まだ無視できる範囲。


そう思った。



*
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ