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□あなたの傍で
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偶然通りすがった廊下の端。

あれは…サラディナとユーリですね。


「サラディナ様、ごめん、
俺を探してたって?」

「ユーリ!…良かったぁ…休憩時間中に
間に合わないかと思っちゃった。」

「?…何?」

「さっき時間変更があったから、簡単な
デザートを作ったの。ムースなんだけど
一緒に食べない?」

「…え…っ? だってさっき、…変更に
なった時間は本でも読んでるって…。」

「えへへ、上手く出来るか自信が無くて
上手く出来たらユーリと食べるつもり
だったの。ごめんね? 追い出すような
事言っちゃって。」

「…そんなの言ってくれたら…」

「手伝ってくれた?」

「……うん。」


――『もっと一緒に居れたのに』

でしょう?
全く…お2人とも可愛らしいですね。

サラディナは初心(うぶ)過ぎてこの手の
機微には大変鈍いですし、ユーリも彼女
相手だとああも奥手になるのですね。

…この城に入り込む時は、あんなに
手際良く城のメイドを誑かしていたのに


そう、私は使用人の選考会の時から彼の
存在に気付いていた。

彼が何者かまで知っていた訳じゃない。

でも、あの隙の無い視線、動き。
それをカモフラージュする程の底抜けの
明るさと気安さ。

大きな詐欺を働く詐欺師ほど、優男で
端正な顔立ちだとはよく言った物です。


ユーリは正にそういうタイプで。

ちょっと警戒心が強いくらいじゃ簡単に
彼の気安さに乗せられ担がれてしまう事
でしょう。

それ程の場馴れ感。
それから度胸の良さ、判断の速さ。

疑い深そうな相手の視線や質問は綺麗に
切り躱(かわ)し、ニッコリと優しげな
笑顔で煙に巻く。


何気ないフリをして彼を見張っていた。
選考会で、彼を落としてしまうのは簡単
でしたが、そうなれば目の届かない別の
形で侵入される可能性が高い。
だから彼を採用し、常に目の届く職務に
任命したのです。

プリンセスの執事。

プリンセスの教育係の私とは双璧とも
言える立場。そこに彼を置けば、彼の
動きも、彼の属する国の思惑も解る筈。

そう思って。


実際に最初の内はそうだった。
ユーリの内偵の様子は実に偽装は完璧で
私は彼の完璧な隠蔽工作に舌を巻いた
ものでした。

敵として見ていた彼の余りの完璧さと
その行動の無駄の無さに、思わず本気で
彼自身を私のプリンセスの補佐として
置きたくなりました。


そして

それは見事に思惑通りの様相を見せ出し
ました。ユーリがサラディナに惹かれ、
彼の行動が彼女中心になって行くのが
見て取れたのです。


それでも私は一応注意深く、それすらも
彼の計算では無いかと疑いの視線で見、
彼の言動を注視して来た。

サラディナもユーリに完全なる信頼と
好意は抱(いだ)いている様です。

まだ恋心と呼ぶには淡いものではあり
ますが…。


「食べてくれる?」

「もちろん!…サラディナ様、ごめん
もっと早くお部屋に伺っていれば時間は
たっぷりあったのに…。」

「ううん、大丈夫。食べ終わるくらいの
時間はあるから。」


そう言って微笑み合う2人はなんとまぁ
可愛らしい。子供のままごとを見ている
様で微笑ましくも少し甘酸っぱい。


「あ、ジル!」


そう思って思わず見つめ過ぎていたのか
サラディナが私に気付き微笑んだ。


「今からムースを食べるんですが
ご一緒に如何ですか?」


――おやおや…。

嬉しそうに微笑み私を誘うサラディナ。
きっとそれはユーリを無事誘えた満足感
或いは安心感からなのでしょうけれど、
ユーリにはそうは取れないでしょうね。

現に、私の視界に入っているユーリは
一瞬にして表情を消してしまった。
彼が私を得意とはしていない事はよく
承知してますが、そんな反応をされたら
つい意地悪したくなってしまいますね。

でもここは。
彼を陥落させる一歩…のチャンス。


「いいえ、私は今から急用で出掛ける
事になりました。…ですのでプリンセス
次の公務まで1時間ほどお時間を空けて
構いませんか?」

「え? 急用なの?
私は行かなくても良いんですか?」

「ええ、私だけで事は足りますので。
急で申し訳ありませんが貴女も少しだけ
休息をなさって下さい。」

「はい。」

「ユーリ、プリンセスを頼みますよ?」

「はい。ジル様。」


流石にユーリは私の視線に気付いた様で
訝しげに眉を微かに寄せながらも頷き。


「では、行って参ります。」

「はい、ジル気をつけて。」

「ええ、貴女も。」


そう言って微笑めば「?」顔の彼女と
一瞬で朱の走ったユーリの頬。

そんな彼らを端目に私は口角が無意識に
上がるのを自覚しながら、自分の執務室
へと足を運んだ。



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