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□碧色の日々は
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【 碧色の日々は 】


ウィスタリアとの交易が公になって
1年以上が経とうとしていた。

近隣諸国からは豊かで交易に長けるあの
ウィスタリアと秘密の多い軍事国家と
されるシュタインの交易に不安を抱き、
あの交易の要と言われるウィスタリアの
プリンセスを我が物にせんと動いている
噂は耳にしている。

その噂の殆どは未だプリンセスの側近と
して執事などをしているユーリの口から
齎されたものではあるが、その情報は真
らしかった。


つい先日、ウィスタリアが今 力を入れ
諸外国との交易品にしようとしている
白ワインの解禁から半年、新たな商品
開発がされたとしてお披露目のパーティ
なるものが行われた。

勿論ウィスタリアの交易国である我が
シュタインは主賓として招待され、我が
国の交易品として有名である赤ワインを
持参しワインパーティなる物となった。

未だあまり流通していない希少種である
ワインに人々が舌鼓を打つ頃、それは
人気の少ない中庭の陰で起こった。



キャアッ!


騒がれる貴婦人の声、それから様々な
人が行き交う雑多な気配。

その中心にはユーリ。その背後には背に
庇われたプリンセスが居た。

その手前には腕を捩じ上げられた男。
身嗜みを見ればそれなりに高貴な身分で
あるように見える。


「…何事だ!」


己の城でもないのに思わず大声が出た。
そんな俺を横から滑り出たクロフォード
騎士団長が無言のまま手で制した。


「何があった、ユーリ。」

「この男性がプリンセスに不埒な行いを
働こうとしたので。」

「…あ、あの…ちょっとお酒を召されて
ふらつかれたのだと…。」


硬いユーリの声で本気でこいつが怒る
何かがあったのだと分かった。
さり気なくよく観察すればユーリの腰に
隠して帯剣してるタガー(短刀)が捲れた
上着から少し見えている。

つまりは、一瞬剣を抜こうとした程に
緊迫した何かがあったのだ。

きっとクロフォードならば俺と同じく、
ユーリの様子を正しく判断しこの事態に
気が付いているだろうと思えた。


「…皆さま、」


そんな硬い男共の声に交じる優し気な声
…それは未だ冷静とは言えないまでも
プリンセスとして凛とした響きは失って
おらず、彼女がこの場を穏やかに収める
つもりである事が伝わった。

遠巻きにざわついていた招待客。

プリンセスは些か白い顔色にあの彼女の
いつもの優し気な笑顔を浮かべ、努めて
明るく言い放った。

ユーリに捩じ上げられていた、男の手を
緩め取り…そっと背に手を添える様に
して。ぱっと見には介抱する様でもある
その姿勢で、ユーリが彼女にも見えない
位置で男の腕を拘束した。
本気の力で拘束されたのだろう、僅かに
漏れる男の呻き。

だがそれは客に漏れるものでは無く。


「…お騒がせして申し訳ありません。
あまりのワインの美味しさに少々量を
過分にお召しになったようです。皆様も
どうかお気を付けなさって。この度の
ワインは飲み口も軽くついつい知らずに
進んでしまうようですので。」


両手を広げ「さあ、どうぞ続きを…」を
パーティを中断させずに進める様子は
流石と言うべきか。

以前の彼女なら再度ユーリの締め上げた
拘束に気付いた時点でそちらの方に気を
取られそうな物なのに、彼女はこの場を
収めるべく冷静に振る舞った。

俺はそんな様子を垣間見、たった数年で
ここ迄プリンセスとして成長した彼女に
舌を巻いたのだった。



騒ぎに中断していた音楽が再び供され、
賑やかさを取り戻したダンスホール。

ワインを片手に美食を気取る者、
女性を誘い、暗がりに消える者、
様々な愉しみ方でこの度のワインを夫々
味わっているホール内。

プリンセスは、先ほどの注目を集めた
見事な気配を消し、そっとその側近達と
席を外した。


「アル、様子を確かめて来い。」


ふと擦れ違い様にゼノ様のお声が掛かり
今更ながら、当然に今の様子をゼノ様も
ご覧になっていた事に気付く。


「御意に。」


その言葉は言われるまでもなく、自分も
気に掛かっていた事からゼノ様の身の
周りを同行した他の騎士に任せ、まずは
彼女を追った。


何度も訪れ、またあのプリンセスは何の
警戒心も無く執務室に我ら…主にゼノ様
であろうが…を通す事から、彼女の常に
使用する執務室の場所は知っている。



コンコンコン


正式なノックで伺えば、扉を開けたのは
彼女の教育係、ジル=クリストフ。
その何処までも冷静で、常に私情を挟む
事のない視線は、血の昇りやすいユーリ
と相反して常日頃から好感が持てた。

だが


「貴方にまでご心配をお掛けして申し訳
ございません。ゼノ様にも何も無かった
とお伝え下さい。」


そう言った彼の眼には苦笑が交じり、
何処か居た堪れない気がしたのは
…何故だろう。

それでも努めて冷静に声を発した。


「プリンセスのご様子は?
お目通り願えますか。」


彼の言葉を信じないわけではないが。
どうしても彼女の様子をこの目で確認
しておきたかった。


「――…どうぞ。」


仕方ありませんね、とでも言う様に、
微かに吐かれた溜息。

それと同時に端に寄った彼の脇を通り
彼女の執務室へと足を踏み入れる。

案の定、そこにはソファに腰かけた彼女と
彼女の傍に寄り添うユーリ、そしてその
様子を…一歩置いた間合いで見ている
クロフォードが居た。




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