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□碧色の日々は
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「なぁんだ、アルまで心配して
駆けつけて来ちゃったの?」


その場には不似合いな程明るい声で言う
ユーリに、クロフォードがちらりと俺を
見、ぼそりと口を開いた。


「ゼノまで駆け付けなくて良かった。
事態を大きくしない旨を判断してくれた
事に感謝する。」

「…ゼノ様の判断は常に正しい。
この様な事は当然だ。」

「――の割に、アルは血相変えて俺達を
追いかけてホールから出てきちゃった
みたいだけど?」


ユーリが猫の様にその大きな目を細め、
揶揄する。こいつのこんな態度は常の事
だが、そのあとの会話に息を飲んだ。


「ユーリっ…アルバート、心配をお掛け
してしまってごめんなさい…。本当に
大丈夫だからゼノ様にもそう伝えて?
…あ、私からお伝えしますね。直ぐ戻り
ますから…。」

「…サラディナ様、せめて震えが止まる
まではこれ飲んでゆっくりしてて。」


よく見れば彼女の指は…まだ先ほどの
恐怖を引き摺って居るのか僅かに震え。

その華奢な手に、ユーリがそっと優しく
温かな紅茶を持たせていた。

カッと頭に血が上った。
自分も居る場で、この様に彼女が襲われ
この様に恐怖する事が起こってしまった
不甲斐無さに。


「――何があったんです。」

「アル、これ以上サラディナ様に
ご負担掛けないでよ。」


キャンキャンと番犬の如く吠え立てる
ユーリを一瞥し、事の顛末を確認する。


「あの男は?」


俺のその問いに端的に答えたのはさっき
から仏頂面を崩さないクロフォード。


「アルベンス国の三男王子。」

「王子?! 」


確かに身分は高そうな身形ではあったが
その様な立場で、プリンセスに対しあの
様な暴挙を働くとは、一体…。

王の中の王であられるゼノ様に仕え、
間近で見て来た俺には、信じられない
浅はかさだ。…残念ながら、その様に
品性の無い王侯貴族は履いて捨てる程
居るには居るのだが。


「そ。だから今、騎士団が『丁重に』
事情を取り調べ中。…アルベンスは隣国
というにはちょっと遠い国だけど、まぁ
ウィスタリアを介して他の国々との交易
望んでるちょっと貧相な国。」

「…ユーリ、そんな言い方…。」

「だってそうでしょ? …普通の、正面
からの申し出じゃ相手にされなかった
からって酒の勢いで手籠めにしようと
するなんて、国柄だけじゃなくその精神
だって相当貧相だと思うよ。」

「…あの、王子はこの成果できっとお国
での立場が変わるんじゃないかしら…。
だからあんなに…」

「だから? 酒の場でか弱い女性を力で
蹂躙してそれで脅して国に報告して?
プリンセスを凌辱した男を…そんなんで
ウィスタリアが納得して、次期国王に
迎えるとでも?」


―― …っ!


思わずバッと視線を移せば肩を露出した
彼女の豪奢なドレス。
そこに赤く掴まれたと思わしき痕。
…その腕にも。

ワナワナと己の拳が震えるのが分かった
その力の持って行き場の無さに。


「…でもきっと王子もお立場が苦しくて
そんな手に出た背景がある筈よ?
先日謁見の間でお会いした時にはそんな
暴力的で粗野な方には思えなかったもの
きっとご事情が…。」

「そう言って、サラディナ様が分け隔て
無く優しく接するからあんな勝手な誤解
した輩が後を絶たないんじゃないか!」


叱られた子供の様に、ユーリの叱咤に
その目を伏せ、ビクッと肩を竦める彼女
…その様子も頼りなげで可愛らしいが。

そんな感慨よりも
まず


―― …なんだと…?


「…つまりは、このような事は初めて…
では無い、と…?」


ズザァ…ッと俺の周りで、この…新緑の
美しい季節に、絶対零度のブリザードが
吹き荒れた気がした。


「…ア、アルバート…?」


目の前のプリンセスも、
また彼女を取り囲む側近たちも…
一瞬息を飲んだのが分かった。


「…貴女は今を持ちまして、シュタイン
国王ゼノ様のお妃候補としての立場に
付いて頂きます。――勿論お妃『候補』
ですので、あくまで『候補』であり、
実際にゼノ様の王妃になられる訳では
ございませんが、そう打診があったと
なれば、諸々の矮小な諸外国はその様な
姦計を図って貴女への手出しに二の足を
踏む事でしょう。その間に貴女は女性と
しての身の守り方、また、男を二度と
つけ上がらせない接し方を身に付けて
頂きます…!」



…ぽかん…


正にそんな顔で俺を見上げるプリンセス
それから彼女の側近の面々。

俺は腰に手を当て、さもこれが一番の
解決策であるとばかりに胸を張った。


「ア…アル…? それはいくら何でも…
無茶な公私混同じゃない…?」

「何処がだ。」

「や、だってサラディナ様は現時点で
ウィスタリアのプリンセスでさ、しかも
次期国王を指名しなきゃいけないって
使命なんてのもあって、そんな勝手に
シュタインの王妃候補とか…いやそりゃ
俺としちゃ願ったり叶ったりだけど。」


「――聞き捨てなりませんね。貴方がた
シュタインの方からすればそれは確かに
ゼノ様の紛糾したお妃問題にも一石を
投じる事が出来て、ウィスタリアとの
交易にも太いイプが確約出来、願ったり
叶ったりかもしれませんが…。
…おや、意外にいい案かもしれませんね
我が国としても国内での次期国王候補と
ばかり目が行っておりましたが…。」


「ジ…ジル?」

「ふむ、一策を講じる価値はあるかも
しれません。」


――流石はジル=クリストフだ。

俺の考えを理解し、国の威信などに目を
曇らせず、その益を直ちに考えるのは
正に参謀足る男だと思った。



「――(あ〜ぁ、アル、馬鹿なの?
これでますますサラディナ様はお前の
手の届かない高値の花になるって、
気付いてる?)」

「…な…っ?! 」


プリンセスのお茶のワゴンを押し、俺の
横を擦れ違いながらユーリは呆れた声で
そう囁いた。



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