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□秋の空は美しく高く
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【 秋の空は美しく高く 】


この秋の日

クリスマスにはまだ早く
肌寒さも酷くは無い、

そんな秋も深まりつつある日は
空は高く澄み渡り、とても美しい。

…それは私の愛する彼の方を彷彿と
させる、そんな日で。

美しく高い空。
高貴で何処までも凛とこの国の先を
見ている、貴方のよう。

こんな日に貴方がこの世に生を受けた
なんて、あまりにも似合い過ぎて
神様の祝福のように思えて仕方がない。

…彼の生い立ちが、とても辛いもの
だったことは知っている。

小さな頃から優秀であったのに…
体が弱かったが為に、代々騎士団長を
輩出する名家という家柄では…ずっと
お荷物のような扱いを受けていたと
聞く。…それは彼自身から聞いた訳
では無かったけれど。

生家では肩身が狭く、生きる希望も
失い…という背景は彼の口から語られた
事は無かったけれど…それで一時期、
諸国を放浪していたという話はジル本人
から聞いたことはあった。

元々の優秀さに実際見聞きした経験を
得て、彼は今の彼となった。
国王陛下の片腕で、次期国王候補を選ぶ
プリンセスの教育係。

この国に無くてはならない人。



――それは、私にとっても。


彼が居なくては私はプリンセスとして
まだまだ不完全で。

…そして何より、秘密の恋人としても
彼が居ない生活は考えられない。

ジルは本当に凄い。
頭脳明晰で眉目秀麗、その上様々な
知識も持っていて、私はまだ見た事が
無いけれど…剣技の腕前も相当なのだと
レオから聞いた。


そんな人が、私の恋人。

誰にも秘密の、知られてはならない
この関係。


ただ一人、私の担当教官であり、ジルの
友人であるレオが強力な理解者となって
くれているけれど、その他には誰にも
知られてはならない関係。

…私たちの秘密の恋は最初、お互いに
踏み越えてはならないものだと認識し、
距離を取っていた。

私は、ずっと…ジルにとって私は唯の
『プリンセス』でしか無いと思ってた。
ジルは、その立場上…自分はこの国で
唯一人 次期国王候補には選ばれては
ならない『教育係』なのだと己を律して
いたのに…と苦笑した。

その奥の意味を知った時、私の心は
決まった。…ううん、元々決まっていた
のだと思う。彼の瞳の奥を覗いた時に。

彼の瞳を見て、
身の奥が震えるあの感覚。
あの時は知らなかった。

あれが愛を感じた瞬間だった。
彼の深い愛を、瞳は隠さず伝えていた。
例え言葉は冷たく拒絶しても。

それ程までに深く、激しい愛。

そんな愛を彼はくれる。
夜の帳が降りた、私の部屋で…
心に、カラダに、深くまで。

こんなにも愛されて、
今更彼の居ない人生は考えられない。
こんなにも奥まで侵食されて。


現に今

他国へ呼ばれ留守にした彼
側に彼の居ない私。

不安と心許なさが胸に広がる。
…そんな素振りは一切出さないけれど。

誰にも知られてはいけない恋。
その自負が私を奮い立たせる。

私を弱くするのも彼、
私を強くするのも彼なのだ。

…そう思えば、
この恋のなんて稀有な事か。


この先どうなるかなんて分からない。

まだ次期国王候補は選べていない。
大臣たちは毎日のように催促をする。

重ねるデート公務。

一切揺らがない心。


私たちのこの先は分からない。

それでも。


ふ、と苦笑する。
それでも心は決まっている。
どんな結果になっても
この恋を後悔しない。

私の側に彼は居る。
どんな形になっても。
…それだけは確信出来るから。



「…強くなったね。」

「レオ?」


執務室で、公務をしていた。
彼はしっかりと、彼の留守中の公務の
手配を完璧にして出ていて。
私の決済の確認と、様々な補佐役に
レオを指名してくれていた。

そんな、山積みの書類に目を通し続け、
ほんの少し目を休める目的で窓に視線を
投げただけのつもりだったのに…空の
澄み渡ったあまりの美しさに、つい
思いに耽ってしまっていたらしかった。

そんな私を見て、目を細めるレオ。


「それに…綺麗になったね。」

「な、何、いっいきなり?! 」


その瞳は笑っては居るけれど、
揶揄っている気配は無い。

レオはよくこんな風に私を揶揄って
真っ赤にさせるのを楽しんでる節が
あるのだけれど、今日のはそんな風では
無く。

だから余計に困惑して。


「んーん?…まぁ秋だしね。
物思いに耽って、人恋しくもなるよね
…(特に愛しい人を想えば。)」


最後の一言は私の耳元に囁くように。

ぱっ!と離れて耳を抑える。
やっぱり真っ赤になって。

それ程までに…
レオの声が甘く聞こえたから。


「あはは、真っ赤。
…少し休憩にしよっか。
そう言えば、ガレット焼いたんだって?
昨日アランから聞いたんだけど。」

「えっ、あ、うん…っ」

「誰かさんも馬鹿だよねぇ。
折角の好物、焼いてくれてるって言う
のに仕事馬鹿なんだから。」

「れっ、レオ!」

「ほらほら、シー。
俺にも味見させてよ。私室にあるの?」

「うっうん…」

「お茶の手配しとくから持っといで。」


元から皆で食べられる位焼いてある。
アランからそれも聞いているのだろう。

結局揶揄われて、真っ赤になったのが
悔しいのと恥ずかしいのもあって、
私は「ち、ちょっと待ってて!」って
後退りながら、後ろ手に扉を開け…
その場を離れた。


「可っ愛いーの。」


そんなレオの楽しそうな呟きを
耳に残しながら。


*
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