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□秋の空は美しく高く
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パタパタパタと貴婦人に有るまじき
走りで私室に駆け込み、音のしない
重厚な扉を閉じる。


――もう…っ、すぐ揶揄うんだから
レオったら…っ!


まだ赤みの引かない頬を両手で押さえて
ドレッサーの横にラッピングしておいた
ガレットに近寄る。

ふわりと柔らかな風が…ドレッサーの
すぐ横にあるバルコニーのカーテンを
揺らした。


――ふわ…っ

一瞬、私の周りに風が巻いたのかと
思った。それくらいに軽い感触。

私の肌に触れる、感触。

それが急にぐいっと私の腰を引き、
背中に当たる硬い感触に拘束した。


ゆっくりと窓に吸い付くカーテン。
バルコニーの窓は閉まっていた。


「…そのガレットは誰の為ですか?」


耳元に貴方の優しげなのに意地悪な声。
鼻腔を擽るのはガレットの甘い香りと
それよりも私には甘く感じる貴方の香り

その腕は力強く私を囲い込んで。
強く甘く拘束する。


「――ッ、ジ(ンむ)……っ」


顎を掬い上げられ、唇を喰まれ…
言葉を飲まれ。

そうしたのは勿論、ジル。

私の恋人。



「こら、プリンセスの私室に不穏な
気配があれば騎士団が駆けつけて
しまいますよ。…折角レオが作って
くれた逢瀬の時間ですのに。」


――……え………?


クス…ッ

耳の側で吐息で微笑(わら)われ、
ゾクリと肌が粟立つ。

さっきレオの声では気恥ずかしい
感じなだけだったのに。


「――ああ、感じてしまわれましたか?
愛しい人…。」


ゾクゾクゾクゾク…ッ
「……ッ、」

ビクビクッと背中を反らして反応して
しまった。貴方の声に対してだけ、
反応するスイッチを押されたように。


「サラディナ…?」

「ン…ッ、」


また、ピクリ。

「――堪りませんね、
そのように素直に反応されてしまうと」


今度はわざと耳元で息を吹きかけて
…いつも以上に甘い声で。


「(…ジル……っ)」

「お可愛らしい…。愛しい人…」


本格的に耳元で囁かれ、膝がカクカクと
力抜け、足元が覚束ない。


「貴女に逢いたくて、光の如く
書類を交わし舞い戻って参りました。
…貴女と居る為ならば私は途轍も無く
優秀になるらしい。」

「そ…そんなの、
いつもじゃないですか…っ」


そう言って、ポコリとジルの胸を叩けば
ジワリと重たい手応え。
え?と思って掌で触れれば…いつも
しっかりとした生地で固い手応えの
ジルの士官服はズッシリと重たい…
つまりは汗を含んでいて。

どれだけ馬を飛ばして来たのか

ジルが今朝、向かったザルツはこの
ウィスタリアの東南にある小さな国で
馬車で片道4時間は掛かる。

今朝の…相当早い時間に出たとして、
彼がどの様にして時間を稼いでザルツに
渡り、書類を交わして戻って来たのか
私には想像も出来ない。

ザルツの王女は豊満な肉体の美女で…
ジルを甚く気に入っていて。
それは驚く程明から様だったのだけれど

そんな王女が…国に訪れたジルを、
持て成しもせずに帰すとは思えない。
…実は先週、大臣の代わりにジルが
ザルツに行くと決まった時、正直心が
騒ついた。

公務だから…行かないで、なんて言う
訳にはいかなかったのだけれど、私は…
一応プリンセスの顔で『頼みましたよ、
ジル。』と言ったのだ。
大臣たちの目もあったから。

あの時、ジルには知られてしまっていた
のだろうか。私が気にしてる事。
…ジルの誕生日に、逢えないばかりか
他の女性と過ごす事に胸を痛めてた事を

また、そんな事言える筈もなく…
それ以上にそんな風に思ってる事を
そんな気持ちをジルに知られる事を
恐れる私が居た事を。

考えないようにして居た。
ジルは公務で他国に行っているだけ、
そう自分に言い聞かせて。

そんな思いを振り切るように無心で
ジルが好きなガレットを焼いて。


ジルの気持ちが他の女性に揺らぐなんて
疑っては居ない。…でも、他国の王女の
誘いを無碍に断れる立場でも無い事も
知っている。

何も閨事という意味だけでなく。
外交という切り札を翳されれば、あまり
事は荒立てられない。
ザルツは小国ではあれど、ウィスタリア
にとって位置的に友好的関係を強く保つ
必要のある国で。


「…レオから火急の使いが来ましてね。
国の要人の大切な行事の手配を忘れて
居たとの事ですが。
…何の事だか、分かりますか?」


私は唯ただ呆然とジルの瞳を見上げる。

その臙脂色の瞳が深く濃い緋色になり、
私の奥に火を灯し…侵食されるのを
感じながら、首を振るしか出来ない。


「貴女と共に恋に落ちた私の初めての
誕生日だと言うではないですか。
あの男は途轍もなくロマンチストだと
笑ってしまったのですが…その実、
私も気付いてしまったのです。
…全てを諦めていた私が、貴女を手にし
生まれ変わった、――それを祝う日だと
いう事を。」

「……ジル…ッ」


もう、何も言葉は発せられなかった。

ただ、貴方が愛しいと
ただ、貴方と一緒に居たいと
ただそれだけしか思えなくて


ああ、でも。

愛しい貴方にこれだけは伝えなくては

これだけは。




「お誕生日おめでとうございます、
ジル。……愛しています。誰よりも」


「――…っ、ありがとうサラディナ。
人生最高にして初めての誕生日となり
ましたよ…。こんなに必死で馬を駆けた
のは、あの――貴女を奪還したあの日
以来です。まぁあの時より心の内は数段
平穏でしたが。」

「――もう…、ジルったら」

「本当にね。あの時の気持ちを思えば
何でも出来ます。貴女を失う位なら」


そう言って、胸に抱き締められる。
城の中、誰も許可無く無断では入らない
プリンセスの私室。

そこで濃密に親密に
私たちはこの日を祝う。

この大切な人の大切な日を。

この美しく高い秋空の下




2人しっかりと繋ぎ合って。









Happy Birthday Jill Christophe
2018.11.11 xxx










end.

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