L!

□misunderstand
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「穂乃果、将来は海未ちゃんのお嫁さんになるっ」

それが、彼女の口癖だった。
10歳頃、母親に連れられて行った和菓子屋で逢ったのが、最初の出逢い。
母親が店員さんと世間話に花を咲かせてしまい、手持ち無沙汰になった私は、どうしようかおろおろしていて。そこにひょっこり現れたのが、まだ5歳の穂乃果だった。

「いっしょにあそぼっ」

そう誘われて、束の間一緒に遊んだのが懐かしい。
その後、穂乃果が同じ小学校に入学して来て、久しぶりの再会に穂乃果がはしゃいでいて。私が六年生だったこともあり、一年間という短い間だったけど、彼女とは毎日のように一緒に遊んだ記憶がある。本来ならお姉さんである私が面倒を見るという形が正確なのだろうけれど。

彼女は、穂乃果は小さなその身体で私の手を取って、臆病な私が知らなかった世界へよく連れて行ってくれた。
勿論、無謀なことをしようとして叱ったことも多々あったけど。

中学、高校へと進学した時も、時折姿を見付けては駆け寄って来て、他愛のない話をする。休日はよく互いの家に遊びに行ったり、私が勉強を見て上げたり。まるで、可愛いい妹のようだと思っていた。
音ノ木高校の制服を見て、同じ高校を目指すと意気込んでいたのも、今は少し懐かしい。

私が大学に入ってバタバタし始めたことと、穂乃果が中学に入った辺りから、私達は逢うことが無くなった。
きっと、何か夢中になるものを見付けたのだろう。穂乃果は夢中になると、それに一生懸命で周りが見えないことがあるから。

それから、私も興味のあるサークルに入って、それなりに楽しいキャンパスライフを送っていた。穂乃果は元気でやってると、たまに気を利かせたおばさんが教えてくれるので、もう私が居なくても大丈夫なんだろうと、もどかしさを感じながらも、そう納得しておいた。










「今日は、送って下さってありがとうございました」

それから、数年経ってようやくサークルにも馴染んで来た。
今日は遅くなってしまったので、親しくなった先輩に車で送ってもらったところだ。先輩は笑顔でひらりと手を振ると、「また明日」と車を走らせて行った。

家に入ろうとしたところ、ふと視線に気が付き振り向くと。
見覚えのある姿が見えた。暗闇で表情までは良く見えないが、音ノ木高校の制服を着ている。

「…穂乃果?」
何故か呆然と立っていて、動かない穂乃果に声を掛ける。びくりと、その身体が揺れた。

「久しぶりですね。もしかして、部活帰りですか?あまり遅くなると危ないですよ」

「…海未ちゃんには関係ないよ」

久しぶりに逢えた嬉しさで、ちょっとお姉さんぶって声を掛けたら、下を向いたままで予想外の返答を寄越して来た。
もしかして、反抗期でしょうか。

「高校生の時は、ハレンチとか言ってたくせに。もう男の人とこんなに遅くまで一緒に居られたりするようになっちゃったんだ」

「え?」

まさか、さっきの先輩のことでしょうか。それなら勘違いも良いとこです。

「さっきの方でしたら、サークルの先輩ですよ?それに、私はもう二十歳になるんです。男性とちょっとした会話くらい出来ますよ」

「家に送ってくれちゃうくらい親しいんでしょ?」

「彼は紳士ですよ。こんな私でも気さくに接してくれますし」

気のせいでしょうか。穂乃果がどんどん不機嫌になっているような。

「そう。良かったね」

「穂乃果っ!?」

それだけ言い残し、穂乃果は顔を上げることなく私を横切ってスタスタと去って行ってしまった。
…やはり、穂乃果にはもう私は必要ないということでしょうか。話したくもない程に。
盛大な溜め息を漏らし、なんだか憂鬱な気持ちで私は家の扉を開けた。

翌日。
多少落ち込みながらも普段通りに過ごし、サークルに参加する気にはなれず、とぼとぼと帰路に着いている途中、おばさんからメールが届いた。

穂乃果が昨日から元気がなく、ろくにご飯も食べないと。

昨日のことがあるので、どんな風に話して良いやら分からないが、おばさんが頼ってくれたのだから、せめて逢うだけ逢ってみよう。
穂乃果の家に行くと、おばさんは大歓迎してくれたが、大変複雑な気分だった。

「…穂乃果」

部屋の前まで通され、遠慮がちに扉越しに声を掛ける。

「…何しに来たの?」

返って来た言葉はくぐもっていて、声は掠れていた。どうやら布団にくるまって泣いていたようだ。

「先日はすみません。何か、悩んでいたんですね。気付きもせずに、あんな態度で」

「…帰ってよ」

ぷちりと、何かが切れた。多分、堪忍袋的な何かが。

「いい加減にしなさいっ!?穂乃果っ」

派手に扉をぶち開け、ずかずかと穂乃果(布団)に歩み寄る。
「何を悩んでるか知りませんが、私に当たるだけならまだしもご家族にまで迷惑を掛けるなんて…抱えるくらいなら、昔みたいに私に甘えたら良いでしょう!?…それとも、そうしたくないくらい私が嫌いになりましたか?」

本当はこんなこと、聞きたくなかった。でも、はっきり言ってくれないと、きっと私はまたこの子を傷付けてしまう。

「っ…な…わけ…」

布団が揺れて、声が漏れたかと思ったら。ばさりと布団を剥いで穂乃果は私の胸ぐらを掴んだ。

「そんなわけないじゃんっ!?ずっと、ずっと好きだったからこんなに苦しいのにっ、誰にも渡したくないのに」

「…え?」

そこまで言って、穂乃果は泣き出してしまった。理解が追い付かない私は、ただ穂乃果を抱き締めて背中を擦って上げていた。

「ごめん、ごめんね。海未ちゃんもう彼氏いるのに、困らせて…」

暫く泣いて落ち着いたのか、穂乃果は素直に謝って来た。何か誤解はあるようだけど。

「穂乃果」

「っ…はい」

穂乃果は叱られると思ったのか、身体を縮め込ませた。

「彼は、私の彼氏ではありませんよ?」

「ふぇ?」

「更に言うなら、とても素敵な彼女さんが居ます」

「海未ちゃん以上に?」

「それはもう、見ていて顔が綻ぶくらい、素敵なお二人ですよ」

穂乃果の顔は見えませんが、耳が真っ赤ですね。ようやく、自分の勘違いに気が付いてくれたみたいです。

「あの、さっきの話」

「その前に、お風呂に入って何か食べて下さい」

「…はい」

今更だが、服装が制服のままなとこを見るに、昨日お風呂に入ってないらしい。流石に、花の女子高生がそれではダメだろう。

「あの、海未ちゃん…久しぶりに、その」

「ご一緒しますよ」

誤解が解けた途端、穂乃果は全力で甘えたモードだった。

「身体、成長しましたね」

「…海未ちゃんのえっち」

数年の時間の流れは、当然のことながら穂乃果を成長させているようだ。背も追い付かれそうなくらい伸びているし、胸も、以前より膨らんでいる。
それでも、優しく身体を洗って上げると、気持ち良さそうな顔をするのは、変わってなかったり。お風呂上がり、髪を乾かして上げていると、当然顔を上げるので、危ないと注意するも。

「えへへ」

穂乃果は此方を見上げて幸せそうに笑っていた。
…久しぶりに見たその笑顔は、昔と変わらないのに、それ以上に可愛く思えてた。

「…海未ちゃん」

お風呂と簡単な食事を済ませると、穂乃果は眠そうに瞼を擦っている。震える手で私の手を掴みながら。

「昨日、ろくに寝てないんでしょう?なら、寝た方が良いですよ」

そう伝えるも、不安そうにキュッと手を握り締めるので。

「また、明日来ます。その、その時にさっきの返事もきちんと致しますので」

そう伝えると、穂乃果は照れ臭そうに笑って、すやすやと寝息を立て始めた。
私は、穏やかな彼女の寝顔を一撫でして、明日どう返答しようか少し悩みながら、部屋を後にした。まぁ、答えるまでもなく穂乃果には既に感付かれていたようだけど。

それではフェアじゃないから、明日私も伝えようと思う。
ずっと、気に掛かっていたと。





―後日談。

「ほら、これが例のお似合いの二人ですよ」

「うわぁ、ほんとにお似合いだね」

あれから、私は穂乃果に気持ちを伝えて、私達は晴れて恋人同士になった。中学の頃から逢わなくなったのは、意識し始めてどう接していいか分からなくなってしまったからとのこと。
想いが通じ合った今、私達はその時間を埋めるかのように一緒に居る。今は、穂乃果が誤解していた彼とその彼女の写真を見せて上げているところだ。

「この二人は本当に仲睦まじくて、いつか私も誰かとこんな風になれるのかなって思ったりもしてます」

「…海未ちゃん」

あれ?何か穂乃果の声が低いです。私何か変なこと…

「むぐっ!?」

やはり何か怒っているらしく、強引に唇を奪われ乱暴に口内を蹂躙された。って、一体何処でこんな知識を!?

「ふぁ、穂、乃果」

「誰かじゃなくて、穂乃果でしょ?」

あぁ、そういうことですか。

「すみません。思ってました、少し前まで」

「…今は?」

「なれたら良いと思います。穂乃果、貴女と」

「…うん」

さっきはあんなことをしておいて、穂乃果は恥ずかしそうに胸元に顔を埋めてきた。それがなんだか可愛くて今度は私から、愛しい恋人へ優しい口付けを落とした。




fin
 

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