L!

□飼い犬に手を噛まれたら
1ページ/1ページ

飼い犬に手を噛まれる、なんて良く聞く諺ではあるけれど。

「…ぅ〜」

この現状は、まさにそんなところだろうか。

「あの、穂乃果?」

「…」

穂乃果は無言で、喰わえた私の指に軽く歯を立てる。痛くはないが、擽ったい。
この状況を打破するにはどうすれば良いのかと考えながら、こうなるに至ってしまった原因を思い浮かべる。

ここ最近私は、穂乃果と接する機会があまりなかったと思う。μ'sとしての練習や生徒会の仕事の時は一緒だけれど、プライベートの方が。次の大会に向けた部活の朝練と放課後の強化練習。実家の日舞の稽古。そんなこんなで、穂乃果に構ってやる時間があまりなかったのだ。思えばふと顔を見た時、寂しそうにしていた気もする。
そして、久しぶりに時間が出来たので、ずっと放置してしまったお詫びに、たまには甘やかして上げようかとなんとなく頬に触れてみたところ。

カプリと指を喰わえられ、現状に至る。
恐らくは、拗ねて怒っているのだと思う。恋人なのにずっと放置なんて酷い、と。彼是と思考を巡らせ、どれくらい時間が経ったか分からない。取り敢えずそろそろ指がふやけそうな気もする。
なのに穂乃果は一向に離す気はないようで。

「…ふむ」

こうなったら、お望み通り構い倒してやろう。例えば。

「ひゃうっ!?」

飼い犬のように。

「ぅ、海、未ちゃんっ」

私がとった行動に、穂乃果は驚いてようやく指を放してくれた。まぁ、突然服の中に手を突っ込まれたら私なら多分、驚いてから怒るだろう。
解放された指はすっかり涎まみれで、拭う物が近くになかったので、無意識に舐め取っていた。

「ぁ、ぅ」

すると、穂乃果は顔を真っ赤に染めて大人しくなった。…どうしましょうか。飼い犬よろしくお腹を撫でたら放してくれるかもと思っての行動の筈が、思ったより早く指が解放されてしまって穂乃果のお腹に触れている私の手は目的を失ってしまった。

「…海未ちゃん」

だけれど、穂乃果は何かを期待しているようで。引っ込みの付かなくなってしまった掌を、ゆっくりとお腹の上で滑らせる。
ふむ。最近は、真面目に摂取カロリーを守っているようですね。出っ張るでもなく程好い肉付き、これなら今のところダイエットの心配はないでしょう。しかし、触り心地の良い滑らかな…。
「ん、ふぁ」

ピシリ。
穂乃果の熱っぽく甘ったるい声に、私の動きは止まる。表情を見ると、気持ち良さそうにトロンとした目をしている。一瞬で全身から冷や汗が吹き出た。………私は、何をやってるんですか!?あろうことか、どさくさ紛れに穂乃果のすべすべな肌を堪能して実は気持ち良いとか考えるだなんて。

「す、すみません」

咄嗟に手を引っ込めると、穂乃果は不満そうに此方を睨んで来た。

「なんで、引っ込めるの?」

なんで、と言われましても。そもそもの原因は貴女ではないですか。

「穂乃果が指を喰わえたまま放してくれなかったので、仕返しのつもりだったんです。まさか、あんな反応するなんて」

「…あんなって?」

ジリっと、元より無いような距離を、穂乃果は更に縮める。その瞳には、妖しい光が宿っていた。…いけないスイッチが入ってしまったようですね。
どうにか宥めて、大人しくさせる方法を考えようとしたのも束の間。

「ひゃうっ!?」

仕返しのつもりなのか、穂乃果の手は既に私のお腹の上を這いずり回っていた。

「ん、穂、乃果っ」

「…海未ちゃん、可愛い」

アウトだ。
自分が出したと考えなくもない程上擦った声に、穂乃果のスイッチは完全に戻しが利かなくなっていた。いつもより低いその声が、その証拠。

「ずっとお預けだったんだから、もういいよね?」

問いながらも、穂乃果は返事等聞く気は毛頭ないようで。思い切り噛み付くつもりなのだろう、口を大きく開いている。

「…痕は付けないで下さいね?」

襲われる直前だというのに、キラリと光った犬歯が、やけに綺麗に見えた。


教訓。
飼い犬に手を噛まれたら、然るべき躾をしないと、指どころでは済まなくなる。



END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ