L!
□Bitter&sweet
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胸が苦しい。
走り過ぎた訳でも、緊張している訳でもないけれど。
海未ちゃんと晴れて恋人という関係になって数日。
何気ない仕草、ふとした拍子に変わる表情。それだけで、胸が熱くなって。鼓動が速くなる。
自分でも滑稽だと思う。今まで当たり前だったことが、意識した途端、出来なくなった。本当は触れたいのに、今までどうやって接してたのか。これからも同じでいいのかなんて考えてたら、頭の中真っ白になって。何も出来なくなる。
恋って、こんなに苦しいものなんだなって。初めて知った。漫画とかだと、なんだかんだで上手くいって、甘酸っぱい感じなのになぁ。
今もほら、心配そうな顔して、こっち手を延ばし…って!?
頬に触れた指先が、やけに熱く感じて。
「大丈夫ですか、穂乃果?」
そんな優しい声に応える余裕も無くて、気が付いたら振り払って駆け出していた。
私、最低だ。
折角、海未ちゃんと恋人になれたのに。嬉しくて、愛しくて。好き過ぎて、どう接していいか分かんない。
「嫌われたかなぁ」
一気に階段を駆け上がって、息が切れたところで、自己嫌悪。
本来、喜んで盛大にいちゃいちゃするところだ。なのにそれどころか、アイデンティティーの筈のスキンシップを全くしなくなった挙句、振り払って逃げるなんて。告白受けた筈の海未ちゃんからしたら、まさにイミワカンナイって感じなんだろうな。
「誰が嫌われると?」
「うひゃあ!?」
力なく壁に凭れ掛かるのと、声を駆けられるのは同時だった。
そして、逃げ場の無いようにか、海未ちゃんは壁に手を付いた。あ、これ壁ドンだ。…じゃなくて。
「怒ってる…よね?」
「…辛いですか?」
「へっ?」
てっきり、怒られるかと思った。なのに、海未ちゃんは何故か泣きそうな顔をしていて。
「最近…というか、穂乃果の告白を受けてから、様子がおかしいです。もし、あれが勘違いということでしたら」
違う。近くにいるだけでこんなにドキドキする気持ちが、勘違いな訳、ない。
「私と別っ」
「っ」
咄嗟に、手を押し付けてその口を塞ぐ。言わないで、そんな泣きそうな顔で。泣きそうなのはこっちもだよっ。
「違うから、勘違いなんてこと、絶対ないから。だから、それ以上先は言わないで」
別れようなんて言われたら、明日からどう生きて行けばいいのか分かんないよ。
手を離しながら、恐る恐る海未ちゃんの顔を見ると、凄くホッとしたような顔をしていて。さっきまでの確執は何処へやら、思わず抱き締めた。
「ごめん。海未ちゃんこそ、辛かったよね」
冷静に考えてみれば、告白してきた相手が、恋人になった次の日から逆に距離を置くなんて、理不尽極まりない。それなのにこの優しい恋人は、私の心配をしてくれる。
「海未ちゃん」
「はい」
返事と共に、背中に腕が回されて、抱き締め返されたと分かって、心臓が跳ねる。
「私、海未ちゃんのこと大好きだよ」
「…はい」
背中に回された手に、力が込められる。呼吸すると、肺いっぱいに大好きな匂いで満たされて。あぁ、しあわせだなぁって、溜め息が漏れた。
「穂乃果?」
不思議そうに声を掛けながら、海未ちゃんは私の頭を撫でる。私は、何を悩んでいたんだろう。こんな些細な触れ合いで、こんなにも満たされるのに。
「ねぇ、海未ちゃん。私、多分、これから海未ちゃんにいっぱい迷惑かける。許して、くれるかな?」
海未ちゃんはきょとんとしてる。まぁ、いきなりこんなこと言われても意味分かんないよね。
「穂乃果が私に迷惑かけるなんて、いつものことじゃないですか」
ふっと、海未ちゃんは、何でもないように笑ってみせる。そうだった。いつだって、なんだかんだで最後には私の後に付いて来てくれて、いつも支えてくれる。それが海未ちゃん。
「私、分かんなくなっちゃったの。海未ちゃんと恋人になれて凄く嬉しい。なのに、どうやって接したら良いのか分かんなくなって」
耳元に、吐息を感じた。小さく溜め息を吐かれたらしい。多分、呆れの類いの。
「そんなことで悩んでいたんですか?」
当たり。ってそうじゃなくて。
「そんなことって何さっ。穂乃果、本気で悩んでたんだよ!?」
「まぁ、そこは気付かなくてすみませんでした。でも」
くしゃりと髪を撫でる手付きは、怒りが飛んで行く程優しいもので。
「穂乃果は、これまで通りで居てくれれば、それで良いんです。私は、全て受け入れます。そのつもりで、告白を受けたのですから」
ずるい。そんな優しい声で、眼差しで言われたら、一人で悩んでた穂乃果がバカみたいじゃん。
でも。
「無理」
抵抗を表す言葉が余程意外だったのか、海未ちゃんは、目を皿のように丸くしている。だって、無理だよ。
これまで通りなんて。
「これまで以上じゃなきゃ、嫌だ」
折角、恋人になれたんだよ。悩みが吹っ切れた今は、数日溜め込んでいたせいか、もっと触れたいって欲求が、溢れそうだから。
言葉の意味を理解したのか、海未ちゃんは。
「穂乃果らしいですね」
そう言って、嬉しそうに笑ってた。それってさ、穂乃果のしたいようにしていいってことだよね?
数日間、溜まりに溜まった欲求は、枷が壊れて一気に溢れ出てしまったようで。
「いただきます」
「はい?」
間抜けな声を上げる愛しい恋人の唇を、気付けば貪っていました。
初めてのそれは、とても甘く感じて。後で怒られるとも考えたけど、止められなくて。雷が落ちるまで、その行為に溺れてしまった。
前言撤回。
恋って、こんなにも甘くて、痺れるものなんだなと、改めて思いました。
でも海未ちゃん、ファーストキスの後に拳骨はないと思うんだ。顔真っ赤にしてたから、照れ隠しなの分かって、可愛かったけどね。
END