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□森の神狼と守り人-起-
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-1-

神狼とは。

森の生物の血肉と引き換えに、森を守護する者。

守り人とは。

人ならざる力を持ち、選ばれし森の秩序を守る者。



―森の神狼と守り人―



貴女は優しすぎるのだと、誰かが言った。
自分ではそうは思わない。ただ、弱いだけ。精神(こころ)も身体も。
だから、逃げてきた。私は他の生物の血肉を奪うことも出来ない、何の力もない臆病者。同胞を愚弄する気は全くない。彼らは、自分の血に従って生き、使命を全うしているだけだから。
今までは、森の木の実で凌いで来たけど、もう限界らしい。この身体は、何かの血肉を得なければ保てないようだ。最近、力が入らなくなってきた。
力なく横たわっていると、指先に小さな鳥が止まった。これでも狼なんだけど…まぁ、襲わないけどね。この小さな生物の命を奪うことなく、私はもう直消えるだろうと、そっと目を瞑った。







誰かが、私の頬を撫でている。その手はゆっくりと、胸元からお腹へと移動。
何故だろう、身体がぽかぽかしてきた。

「…う」

目を開けると、其処は何処かの室内だった。森の中に、小屋もしくは家なんて、数える程しかない。許可の有る者以外、滅多に人は入らない。常に居るとしたら――――。

「おっ、良かった〜。無事だね」

視界に空色の髪が映る。続いて、人懐こい笑みも。

「パトロールしてたら倒れてんだもん、吃驚しちゃったよ」

どうやら、この人に拾われてしまったらしい。パトロールということは。

「あ、自己紹介がまだだったね。あたしはさやか。これでもこの森に選ばれた守り人だよ」

喋ろうにも、極度の空腹で力が入らない。と、彼女は何かに気付いたかのように、慌てて何かを取り出した。

「ごめんごめん、お腹空いてたんだよね?はい、これ」

差し出されたのは、人間が作った料理という物。よく分からないが、いい香りではある。恐る恐るそれにかじりつく。身体中に電撃が走るような感覚を覚えた後、無我夢中でそれを平らげた。

「おぉ、よく食ったね」

汚れてしまった私の口の回りを拭きながら、彼女は笑う。

「…まどか」

「ん?」

「自己紹介。…食べ物ありがとう」

聞くところによると、先の食べ物はミートパイと呼ばれるものらしい。つまりは、動物の肉が使われている物。僅かでも取り込んだ途端、身体は嘘のように楽になった。つい先程死を覚悟したばかりだというのに。
我ながら現金な身体だ。

「んで、早速で悪いんだけど」

「え?」

「あたしのパートナーになってくんないかな?」

「…………え?」

「悪い話じゃないでしょ?あんた行き倒れてた訳だし。ここなら、一緒に住めるし三食付きよ?」

守り人が、獣人もしくは賢獣(知能の高い獣)をパートナーにするという話は聞いたことはある。
だが、どうして自分なのか。

「なんか、ビビッと来た」

「…私で良いの?」

彼女はそれを了承と解釈したらしい。

「勿論っ!よろしく、相棒っ」

嬉しそうに私の両手を握り、ブンブン振り回す。
なんで直ぐに断らなかったんだろうと、冷静になって考えてみた。

ミートパイが美味しかった、それが原因だろう。

これが運命だとか、全く思っていなかった。
その時は、まだ。



-2-

守り人は、選ばれし名誉な役割である。

あたしの住んでた街では、ずっと昔からそう言い伝えられている。
その街の外れには、大きな森があって。そこには、様々な獣が棲んでいる。
只の獣から、人に危害を加える恐ろしい獣。
人の負の感情から生まれる魔獣という存在も、其処にいるらしい。中には、賢く言語を理解する奴も居て、そいつはたまに街を歩いてたりもするし、交流を深めている種族も居るようだ。
その中で、人に害のある獣を見極めて倒す、または鎮静化させるのが、守り人の役目。森の秩序を守ることは、街を守ることにも繋がる。だから、街人からは感謝される存在である、と。

その選ばれし者は、何故か思春期真っ只中の少女であるらしく。最初は憧れ半分、でも青春真っ最中に迷惑な話だと他人事のように思ってた。
守り人は代々三人選ばれる。以降、百年間守り人は森の力より護られ、歳は取らない。そして、役目を終わると、森に姿を消す。憧れでもあり、畏怖の存在。既に二人は選ばれていて、後一人いつかは誰かが選ばれる。
選ばれるということは、あらゆる名誉と森の加護を得る代わりに、もう普通には生活出来ないことを意味している。

ある日。それは唐突に現れた。

「…これって」

昨日まで、普通に友達と一緒に遊んで、家族におやすみ言って布団に入って、目が覚めたら。
空色の宝石が手中に収まっていた。話に聞く選ばれし証であるジェムというものによく似ていて。
恐る恐る両手で包み込んでみると、それは眩い光を放ち、指輪に姿を変え、私の中指に嵌め込まれる。
両親に報告すると、守り人の証で間違いないらしく、ひどく驚いていた。
その後、あれよあれよという間に、私は守り人としての在り方だとか、これからどう生きるかを教え込まれ、家族から友達から、あらゆる知り合いより盛大に祝福され、守り人として森へ送り込まれた。

正直、迷いはあった。
好きな人も居たし、普通に生活したい気持ちもあったから、抵抗もあった。でも、選ばれてしまったら、拒否することも逃げることも出来ない。これを運命というなら、恨めしいことこの上ない。
でも、好きな人を、大切な家族を守れるなら。その力が、自分なんかにあるのなら。辛くないと言えば、嘘になる。だけど、この運命を受け入れようと思った。好きな人とは、永遠に結ばれることが出来なくなった今、せめてその人の幸せを守れる存在になりたい。

その決意を胸に、私は守り人としての運命を背負い、森へと一歩踏み出した。







「まだパートナーは決めないのかい?」

「ん〜、なんかこう、この子だって子が見付かんない」

あれから、一年。
幸い、先に守り人になってた二人は、快く私を迎え入れてくれた。特に、ベテランのマミさんには、戦い方から獣対策まで、丁寧に教えて貰って、たまに美味しい食事やお茶までご馳走になったりもする。本当に頼りになる先輩で、頭が上がらない。
もう一人は、ほむらっていうちょっと取っ付きにくいかな?って子だったけど、一緒に森で過ごして共に魔獣と戦って行く内に、それなりに仲良くなった。
で、今話してるのが。

「良ければ、僕の仲間を紹介するけれど」

「良いよ、そういうのはちゃんと自分の目で決めたいし」

「そうかい」

あたしの隣で尻尾をゆらゆら揺らしているのは、ほむらの相棒だ。
出会いは、狸用の罠に引っかかってたのを助けたことからと聞く。だから、最初はペット感覚で一緒に居たけれど、魔獣の散策や戦い方の助言が優秀かつ的確で、暫く一緒に居てから、パートナーになったとか。
「まぁ、焦る必要はないけれど、絆だとか信頼は、後から付いてくるものよ?あまり一人でいる時間が長いと、余計にパートナーを得るのに抵抗が生まれるわ」

キュウべえ、と呼ばれると、隣に居た白い獣は、あたしの目の前の子の肩に飛び乗り、頬に擦り寄る。

「ほむら、あんたにそれ言われると、説得力半端ないわ」

「誰だって最初は、初対面だもの。先ずは、次に助けた獣でも傍に居させてみたら?」

貴女は獣から好かれやすいでしょ?ってほむらは言うけれど。

「まぁ、考えとく」

「それより、早くパトロールを終わらせましょう」

ほむらが踵を返すと同時に、キュウべえは耳をピコピコ動かして何かを感じ取ったらしい。

「南西100m辺りに魔獣が居るようだよ」

「了解。やっぱりパートナーって居た方が心強いね」

魔獣がいるらしいエリアに歩を進めながら、あたしは歩きながらキュウべえの喉元を撫でているほむらを見詰める。

「だから言ってるでしょ?ベテランの巴さんにだって居るんだから」

言われて、赤髪の狐の獣人を思い出す。口は悪く、ぶっきらぼうだけど、マミさんとの信頼は厚く、良いコンビだと思う。

「あたしもいつか、そんなパートナーに出逢えるのかな?」

「さあ?貴女次第じゃない?」

「二人共、来るよ!?」

「行くわよ、さやか」
「あいよっ」

今はまだ、一人で戦って何かあったらいけないからって、ほむらとマミさんと共闘することが多い。
でもいつかは、あたしも出逢えるだろうか。

心から、信頼出来るパートナーに。
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