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□森の神狼と守り人-起-
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運命なんて、信じない。

守り人に選ばれてしまった時、心底運命というやつを恨んだ。だけど今は、思いの外充実しているこの生活に、逆に戸惑っている。
守り人として森に住むことを義務付けられ、住居は強制的に森の中になった。与えられた住処は、歴代の守り人が使っていたという森の樹で創られた家。長年使われたとは思えない程、小綺麗な場所だった。

守り人には、定期的に食料と衣類、日常品が無償で提供される。食料は一週間毎。日常品は一ヶ月毎。必要最低限の衣類が季節毎。
また、魔獣を倒すと落とすらしいグリーフシードと呼ばれる物は、守り人にとって通貨のようなもので、それと引き換えに、量によって欲しいものと交換出来る。自分好みの服とか娯楽品とか。それは、何処かの工場でエネルギーとして使われるらしい。
何代か前の守り人はこれを、つまりは手柄を取り合ってぎすぎすしてたとか。その時代に生まれなくて良かった。

まぁつまりは、選ばれた時点で、普通の生活と引き換えに、生きるには困らない報酬が貰えるという訳だ。
魔獣と戦えば戦う程、守り人は裕福になり、街の平和も護られている。グリーフシードが大量に手に入れば、街の利益にもなる。

これが、守り人としてのシステム。

小さな頃より、正義感が強いらしい私は、どんな過酷な状況だとしても、街を守るんだって意気込んでいた訳だけど。
森の中は思ってたより、平和だった。魔獣との戦い以外は。

先に守り人として活躍してた二人は、全く敵対心なく私を仲間として受け入れてくれ、尚且つ戦闘のフォローから生活の心配まで。
緊張感がなくなってしまった私は、恥ずかしいことに思わず泣いちゃったのだ。それも、二人は優しく見守ってくれた。
だから、早く一人前になろうって、焦ってあまり周りを見ていなかったのかもしれない。パートナーのことなんて、全く考えてすらいなかった。

今日のパトロールを終え、私は背筋をグッと伸ばしながら、やれやれと帰路に着いていた。
と、鳥が羽ばたく音に振り向くと。

「…」

何かが、ピクリとも動かず倒れている。
慌てて駆け寄り、口元に耳を寄せる。まだ息はあるようだ。顔を見ると、ひどく窶れている。耳と尻尾、口元から見える牙から見るに、恐らく狼の獣人。

「…?」

何故だろう。初めて会った筈なのに、懐かしい感じがする。

「と、そんなことより」
あたしはそのまま、その子を連れて帰ることにした。勿論、治療する為だ。







運んだ彼女をベットに横たわせ、魔力を手に宿し、弱った身体を修復していく。守り人として魔法を会得する際、意外なことにあたしの得意部類は治療魔法だった。戦いより、弱った獣の対応が主な役割だったりする。その所為か、ほむらの言うように獣に好かれやすい。
さて。ぱっと見るにどうやら行き倒れっぽい。可哀想に、何らかの理由でずっとろくに食べてないんだろう。

「…う」

あ、起きた。
少し視線をさ迷わせ、不思議そうに此方を見詰めている。そんな彼女に、不安にさせないように声を掛ける。少し怯えてるみたいだけど、猟師ではなく守り人なので、安心してほしい。

「…」

力が入らないのか、彼女は口を開くが、言葉にならない。あたしはすかさず、用意しておいたミートパイを差し出す。彼女は最初は恐る恐る、だが大丈夫だと判ると、勢いよく食べ始めた。
汚れてしまった口の回りを拭いてやり、水を飲まして落ち着かせると、彼女は自分の名を名乗る。

「…まどか」

舌っ足らずな可愛い声。
次いで、律儀に礼を言ってきた。彼女、まどかは虚ろな目で外を見ると、よろよろと立ち上がろうとしたので、咄嗟にあたしは。パートナーにならないか等と口走ってしまった。何か分かんないけど、ビビッって来たのは本当なのだ。それに、狼といえどこんなか弱そうな子放っておいたら、今度こそ本当に行き倒れちゃうよ。
でも唐突過ぎた。断られてもやむ無し。

「…私で良いの?」

しかし、断られなかった。よし、このまま引き込んじゃおう。
よろしくと握手をすると、まどかは困ったような安心したような、複雑な顔をしていた。

「早速だけど」

「うん?」

「お風呂入ろう」

「?」

意味が分からないのか、首を傾げるまどか。狼にお風呂なんて習慣はないだろうけど、今日から此処に住むんだから綺麗にしてもらわないと。
どんだけ森を彷徨ってたのか、身に纏ってる服もボロボロだし泥だらけじゃないか。

身体中を丁寧に洗ってやると、最初はめちゃくちゃ抵抗してたけど、蕩けたような顔して、ふにゃふにゃになった。全身触って見ると、やっぱり痩せ細ってる。こりゃ、明日から精の付くもの食わせなきゃだね。

「あうぅ」
お風呂上がる頃には、すっかり逆上せていて。ミルクを上げると、ちびちびと飲んでいた。

「服、あたしのお古だけど、大丈夫?」

新しく与えた服を、まどかは頻りにクンクンしてる。
もしかして、臭い?

「気になるなら、新しいのに換えようか?」

若干傷付きながら声を掛けると、まどかはブンブン首を振る。

「…これで良い」

気に入った方か。なら良かった。
ホッとしながら、今日はもう寝ようと、ベットに潜り込む。まどかはキョロキョロした後、とんでもないことを言った。

「何処なら寝て良い?」

床に寝ます宣言が来た。
いや、狼だから普通なのか。ならばそんな普通は今日から捨ててもらおう。

「おいで」

まどかは一瞬きょとんとして、ベットの隣まで来て、其処に寝そべろうとした。

「違〜うっ!?へいっ、カモン」

半ば強引にベットの中に押し込める。まどかは目を白黒させていた。

「あんたが寝る場所は、今日からあたしの隣。OK?」

「…うん」

戸惑いながらも、まどかが頷くのを確認して、布団を被せる。

「おやすみ」

「おやすみ、なさい」

久々にお腹が膨れた為か、お風呂が気持ち良かったのか、それとも。居場所を見付けてホッとしたのか。
まどかは直ぐに寝息を立て始めた。

次に助けた獣を傍に居させてみろって、ほむらは言ってたけど。まさか直ぐに、こんなことになろうとは。
天井を見上げ、明日ほむらやマミさんに報告したら、どんな顔するだろうなんて、暢気に考えていたら。

「…ママ」

そう呟きながら、まどかはあたしのパジャマをギュッと握っていた。
この子は、パートナーとしては頼りないかもしれない。でも、何でだろうね。守って上げたくなるからかな?傍に居て上げたい。

運命なんて、信じない。そう思ってたけれど。でも、この子との出逢いは、運命なような気がしてならない。
ギュッと抱き締めると、その身体は暖かくて、やっぱり懐かしい感じがする。まどかは寝ながらも、クンクンとあたしの匂いを嗅ぐと、なんの迷いなく胸に顔を埋めた。


-4-

暖かい。
それに、安心する匂いがする。昨日、藁か何か被って寝たっけ?

「…ん」

目を覚ますと、私は暖かい布団にくるまれていて、何処かの建物の中だった。何だか、いい匂いが漂ってる。

「おはよ、まどか。朝ごはん出来てるよ」

「あぅ?」

思わず間の抜けた声が漏れる。声を掛けた彼女は、可笑しそうに一頻り笑うと。

「もしかして寝惚けてる?ほら、起きて。あっちに水汲んであるから、顔洗って来な」

私を抱き起こし、盥のあるテーブルの方向へと背中を押す。
言われた通り、冷水で顔を洗って。ぼやけた思考がはっきりして、ようやく昨日の出来事を思い出す。濡れた状態のまま顔を上げると、ふわふわなタオルを顔に押し付けられた。

「すっきりした?」

「…うん」

わしゃわしゃと少し乱暴ながらも、優しく顔を拭き取られる。次はうがいと促され、それが終わると、用意された椅子に座るように勧められた。

「んじゃ、朝ごはんにしようか。いただきます」

テーブルに置かれた深皿には、白い食べ物が盛られていた。まだ温かいらしく、湯気が立っていてほんのりミルクの香りがする。

「…いただきます」

食前の挨拶を済ませ、縁を掴んで皿を口に付けて食べ始めると。
ゴフッと、向かいの彼女が咳き込んでいた。

「…う?」

どうしたのだろうと、モゴモゴ口を動かしながらも、皿から口を離し首を傾げると。

「あ〜、うん。狼だもんね」

少し納得したように頷いて、気にしないでと食事を再開させた。彼女は、スプーンと呼ばれる道具を使って食事をしている。ちらりと、皿が置いてあった横を見ると、此方にもその道具が置いてある。
…手にしたことは無いが、使った方が良かっただろうか。そう考えて手を伸ばすと。

「無理に使わなくていいよ、食事冷めちゃうし。使い方なら、これからゆっくり教えてあげるから」

やんわりと止められたので、止めることにした。

「…ごちそうさま」

食事を終え、満腹になり思わず、はふぅと息を漏らす。ミルクで煮てある細かく刻まれたいろいろな食材は、優しい味付けで美味しかった。

「お粗末さま」

彼女は食器を片付けると、今度は食後のお茶を持って来てくれた。

「熱いから気を付けてね」

「ん」

息を吹き掛け、少し冷ましてから口に含む。ほうっと一息付いてから、私は口を開く。
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