ネオロマ

□ご褒美
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只今の時刻 4:50。

いつもならもう下校しているはずの時間。
けれど私はまだ教室に残っていた。


「うう、何で私がこんなこと…」


私の手には紙の束とホッチキス。
今日の授業中、不覚にも居眠りしてしまった事が担任にばれて、次の会議で使う資料の作成を言いつけられたのだ。


それにしたってこの量は多すぎ。
一部の厚みなんてホッチキスで止められるギリギリじゃないか。


「悪いのは私だけどさ、これはないよ」


グチグチ言いつつも、用紙にきれいに折り目をつけ、ホッチキスで留めていく私。
寂しいなー、誰か来てくれないかなー。

そんな事を思っていると、ガラリと教室のドアが開いた。

私のテレパスが通じたのか…!


「よっ、頑張ってるか〜」


気の抜けた声。


「・・・金澤先生か」
「"金澤先生か"とはなんだ、"金澤先生か"とは」


私の発言を軽く流しながら、先生は私の目の前の座席に腰掛けた。
私と向かい合うようにして。


「ほー、こりゃまた大変だな。ご苦労なこった」
「そう思うなら手伝ってくださいよ」
「ヤダね」
「もう、ならなんでわざわざここに来たんですか」


・・・ん?
そういえばそうだ。
金澤先生は私のクラスの担任じゃないし、そもそも授業でも関わった事はないんだけど。


「いやね、お前さんの担任が急用出来たってんで、変わりにお前さんの監視にな」
「…へーえ」
「もっと有難がれよ」


有難いですよ。
急用が出来たうちの担任にも感謝したいくらい。
つかみどころがなくて私の心を占拠している貴方と話せたから……。


返す言葉が見つからなくて、会話が途切れた。
教室には紙の擦れる音とホッチキスの音だけが響いている。


あともう少しで終わりという頃、先生が口を開いた。


「なー、あとどれ位だ?」
「えーと、これで終わりです」
「了解。意外に早いな」
「先生が待ってますからね、野球中継聞きたいんでしょう?」
「よく分かってらっしゃる」


ハハハッと笑う先生に見惚れる暇もなく、仕事は終わっていた。

仕上げた資料たちを先生に手渡す。
少しだけ、先生と離れるのが寂しくて、曲がってしまった資料を。


「さすが天羽、きれいに出来てんな」
「どういたしまして」


それじゃあ失礼します――と言いかけたとき
先生に呼び止められた。


「おい天羽」
「何です…か――ッ?!」


額に触れるだけのふわりとしたキス


「せせせせ、先生?!」
「あー…まあなんだ、そのー…ご褒美だ」
「?」
「そうそう!俺の貴重な野球中継の時間を確保してくれたからな、うんうん」
「………」

「ま、まーあそういうことだ。んじゃ、気をつけて帰れよ」


資料を手にした先生は足早に教室を去っていった。



足早なのは照れているのではなくて野球中継を聞きたいからだ、と自分に言い聞かせ気持ちを落ち着かせる。



でも、先生?
もしも次のご褒美があったら


期待してもいいですか――?

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