小説 連作

□鬼に金棒 土方に銀時
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「おはようございま・・・!?」

いつもの朝のように万事屋に出勤してきた新八はその日、事務所兼居間の板間に足を踏み入れた所でぎょっとして固まった。
す、という最後の一音を飲み込んで、ソファに座って酢昆布を食べている神楽に目線を移す。
新八の視線を感じて目を上げた神楽は新八と目を合わせると、無表情に首を二、三度横に振った。
新八はそろそろと神楽に近寄ると、小声で話し掛ける。

「神楽ちゃん、アレなに?」
「朝起きた時からあの調子アル。気味が悪いネ」
神楽も新八に合わせて声を潜めると眉根を寄せた。

「何か悪い物でも食べたんじゃないの?毒キノコとか」
「そうじゃないアル。昨夜、こそこそ隠れて誰かと電話してたアル。きっとどこぞのアバズレとイイ仲になったのに違いないネ!どうせ人に言えないような関係ヨ!爛れてるアル!」
「人に言えないって・・・」
「不倫アル」
「え!マジ・・・?」

と、こんな会話をこそこそと続けながら二人が向ける視線の先には自分の椅子に座っている銀時がいる。
それだけなら、いつもは新八が来るまで布団の中にいることが多い銀時が、少し早起きをしたのだな、ぐらいの違和感で済むのだが、今朝の銀時の様子はそれだけでは済まないほど異様なものだった。
主に顔が。
ボーッと宙を見つめて、時折ニヤニヤと笑ったりもしている。
新八が来たことにも気が付いていない様子だ。

「なんか、顔思いっきりイッちゃってんですけど!もうアレ誰?ってくらい顔面崩壊してるんですけどぉッッ!」

そう。新八の言う通り、銀時の顔面は見事に崩壊していた。

「銀さーん!戻って来て下さーい!!アンタ何処まで行ってんですかー!?」

思わず飛び寄って、新八は銀時の肩をゆさゆさと揺すった。
「ヤニ下がる」という言葉が正しくピタリと当て嵌まる顔を、新八は初めて見た。
今の銀時の顔は、まさに「ヤニ下がって」いる。
鼻の下が伸び、口はだらしなく半開き。もともと半目のやる気のない目も、今朝は特別垂れ下がってだらしのないことこの上ない。
おまけに、そんな顔面崩壊した顔で宙を見ながらニタニタと笑うのだから、不気味以外の何物でもない。

「銀さん!今日は午前中弁当の宅配の仕事が入ってんですからね!!しっかりして下さいよ!」
「んあ・・・?」

耳元で怒鳴られて、銀時はようやく新八の存在に気が付いたらしく、目の焦点を合わせて新八を見た。

「おう、ぱっつあん。オハヨー」
「あ、おはようございます。・・・じゃなくてッッ!たく、何ですかそのだらしない顔は?鼻の下伸ばしちゃって!!」
「え?鼻の下伸びてた?」

新八に言われ、慌てた様子で銀時は自分の顔を手で触って確認している。
そんな銀時に新八はハアッと溜息を吐くと
「何をしてもアンタの自由ですけど、爛れたプライベートを仕事に持ち込むのはやめて下さいね!だいたいアンタは・・・」

続けてくどくどと文句を言い始めた新八に、銀時はムッと下唇を突き出した。
「うっせーんだよ、朝っぱらから新八の癖に!お前はオレのお母さんですかってんだ、コノヤロー」

せっかくイイ気分立ったのによぉ!!と恨みがましく呟いてから、銀時はスクッと椅子から立ち上がり、愛用の洞爺湖と刻印された木刀を腰に差した。

「オラ、新八も来たことだし仕事行くぞ。今日はサクサク片付けるかんな」
「え、あ、はい!」

いつもはこちらが尻を叩かなければ仕事にも行きたがらないようなマダオが、一体どういう風の吹き回しだ、とすでに玄関でブーツに足を入れている銀時を追い掛けながら新八が神楽を見ると、視線の先でソファから腰を上げかけた神楽が無表情のまま再び首を二、三度横に振った。
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