小説 短編

□月下の恋人
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おそらく、それは予感みたいなものだった。
いや、願望なのかもしれない。






今夜、銀時は長谷川に誘われて、宵の口の早い時間から近所の屋台で呑んでいた。
万年金欠の二人が、その日の持ち金で呑める分だけ呑んで暖簾を出たのは、
まだ10時を少し回ったところだった。
まだまだ呑み足りないのだが、軍資金がないのでは致仕方ない。
二人はその屋台の前で別れた。

ホロ酔い気分でフワフワと、ひとり万事屋に向かって歩き始めた銀時は、ふと自分の足下に影が落ちているのに気付いて足を止めた。
「んー・・・?」
夜空を仰ぎ見る。
ここ二、三日で、急速に秋めいてきた夜風のなか、すっきりと晴れ上がった漆黒の夜空に真ん丸の大きな月が浮かんでいた。
「おー・・・」
そういえば、今夜は仲秋の名月だと結野アナが朝のニュースで言っていたことを思い出す。

「・・・・・。」
しばらくその場に立ち止まって月を見ていた銀時は、静かに踵を返すと元来た道を戻り始めた。

夜の住宅街は、10時も過ぎれば通行人はほとんどいない。
銀時は静かな夜道をゆっくりと歩く。大きな月に照らされて、いつもより明るい夜の静寂に何処からともなく虫の音が響く。

こんな夜は、無性にあの美しい恋人の顔が見たくなる。

墨を溶かしたような美しい黒髪、鋭く切れ上がった強く美しい双眸。意思の強さを表す薄い、しかしほんのりと紅を引いたかのような、やはり美しい唇。
そして、何よりも美しいのはその立ち姿だと、銀時は思う。
細身だが、決して華奢ではないその背中に様々なものを背負い、己の信念に真っ直ぐに生き、常に凛と立つ。

銀時が愛してやまぬ恋人。

二人の逢瀬に、約束はない。
恋人はいつも忙しく、予定はあってもないのと同じだ。
これまでも約束はほとんど守られたこ
とはなく、いつしか約束することをや
めた。
だが、そのことに不満はない。
優先順位など、取るに足らぬ。
ただ、己を求めてさえいてくれれば、それでいいと思っている。


やがて住宅地を抜けて民家もなくなり、辺りには虫の音に混じって、さらさらと流れる川の水音が聴こえてきた。
この先に、川辺に立つ一本の桜の古木がある。


銀時には、予感があった。
いや、願望なのかもしれない。



今は茶色い枯葉を纏わせているだけの桜の木の下に、やはりその人はいた。
隊服姿で帯刀しているところを見ると、仕事帰りなのだろう。
こちらに背を向け、じっと川面を見つめている。

己の予感の通りにこの場所で逢えたことが嬉しくて、勇んで足を早めかけた銀時だが、しかし。
その静謐な立ち姿に声を掛けることが躊躇われて、銀時は少し離れた所で足を止め、しばし美しいその人の後ろ姿に見惚れた。
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