小説 短編
□目を閉じれば其処にいる
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「あ〜疲れた。クソッ」
土方は持っていたペンを投げ出し、自室の文机の前でコキコキと盛大に肩を鳴らすと、うーんと伸びをした。
目の前には、湧いてくるのかと疑いたくなるほどの書類の山。
捌いても捌いてもキリがない。
ハアッと溜息をひとつ吐いて、土方は煙草に火を点けた。
言わずもがな、机の上の灰皿はこんもりと山を形成している。定期的に山崎が捨てて綺麗にしてくれているようだが、いかんせん、今夜のように溜まった書類と一晩中格闘する夜は一晩でこの有り様だ。
身体に悪いから量を減らせと、生意気にも度々山崎が言ってくるが、その度にとりあえず殴っておく。
この量の書類仕事をこなすのに煙草なしでやっていられるか、と心の中で悪態をつき、土方は煙草を咥えたまま後ろに身体を倒すとごろんと寝転がった。ボーッと天井を見上げて暫し放心する。
時刻はもうすぐ午前三時になろうというところ。
今夜も朝まで寝られそうにない。
「会いてえなぁ・・・」
知らず、ポロリと言葉が口からこぼれ出た。
こういう夜は、無性にあの銀色に会いたくなる。
もうどれくらい、あの愛しい恋人と会っていないだろう。
目を閉じて、今頃はあの薄っぺらい煎餅布団にくるまっているだろう銀色の恋人を想う。
思い浮かぶのは、いつものやる気のない半目と、あちこちと好き放題にはねる銀色の髪。
それから、大切なものを守るための温かい腕と、傷だらけの広い背中・・・。
もういっそ、目の前の山のような書類なんか放っておいて、今から会いに行ってやろうかと思う。しかし、土方はすぐにフッと自嘲気味に笑った。
・・・そんなこと、自分には絶対に出来ない。
あの恋人は、こんな時間に土方が突然訪ねたとしても、驚きはしても迷惑がることなんてなく、寧ろ喜んで土方の肩を抱き、部屋の中に招き入れてくれることだろう。
それから抱き締めて髪を撫で、優しく微笑んで存分に甘やかし、そして蕩けるような口付けをくれるのだ。
分かっていても・・・。
どうしても素直に甘えられない自分がいる。
ずっと、肩肘張って生きてきた。自分の背中で、全部を守るつもりでいた。強く、もっと強くと願い、そのための努力は惜しまなかった。
今でも、その気持ちは変わらない。自分が守るべきものたちを全力で守らねばと思っている。
でも、あの恋人の温かな腕の中にいると、その自分の背中に背負ったものを忘れそうになるのだ。
立場も、責任も、守るべきものすら忘れて、ひたすら、ただひたすらに恋人の腕を求め、その中に包まれて守られることを心地良いと感じてしまう自分がいる。
その腕の安息を知ってしまったら、もう二度と立ち上がって闘えなくなるのではないかと、酷く不安になることがあるほどに・・・。
それくらい。
もう自分はあの銀色に囚われてしまっている。
だから。
今夜のように疲弊して、柄にもなく会いに行こうかなんて思っている夜は尚更、会いになんか行けない。
だから。
会いたい気持ちを抑えて、今夜も土方は此処から動けない。
ただ目を閉じて、あの銀色を想うだけ。
だからせめて。
目を閉じれば其処にいるお前に。
お前を目の前にすると、いつだって言葉にはできないけど。
愛してる、とか。
「・・・絶対ぇ言えねぇ」
土方はふーっと煙草の煙を長く吐き出すと、そんな素直になれない自分にゆるりと笑った。
2015.12.4