小説 短編

□苺ショート二個分の幸せ
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「な〜な〜、まだ終わんねーの?」

「・・・・チッ」

先程から、背中にぴったりとへばり付いて肩口から顔を覗き込んでくる銀時を背中に張り付かせたまま、俺は小一時間も屯所の自室兼執務室で書類仕事を続けていた。

「懐くな。重い。肩が凝る。つか、帰れ!」
「嫌だ」

この一時間の間に何度したか分からないやりとりを、また繰り返す。しかし銀時の方は一向に気にした様子もなく背中から離れようともしない。
俺はハアッと溜息を吐いて思いっきり首を捻ると肩口の銀時を睨み付けた。

「仕事が終わったらそっちに行くって言ってあっただろうが。何で来たんだ」
「だから待ってたよ?けどお前来ねーんだもん」
「だから。仕事が終わったら行くつもりだったんだって!何でそれが待てない?つか、どうやって入った!」

少し厳しい口調で言うと、途端に銀時は口を尖らせた。

「え、普通に玄関から来ましたけど?何だったらここまで案内までしてもらったし」
「マジか・・・」

くそ。あいつら何部外者普通に入れてやがんだ。
今夜の門衛、後でシメとこう。

「つか、土方くん?お前、今日が何の日か知らない訳じゃないだろ?ん?」

背中の銀時が、どうやって門衛をシメてやろうかと思考を巡らせ始めた俺の肩を頭で小突いた。

「何の日って、お前・・・」

銀時の言葉に、今度は俺が口を尖らす番だった。

今夜はクリスマスイブだろ。そんくらい知ってる。

天人によって持ち込まれた、俺にはどうしても迎合出来ない文化。
毎年、この時期になると隊士たちも浮き足だって、どうにも屯所内の規律も緩んできやがる。
年末に向かって犯罪も増えるし、攘夷志士どももこういう時を狙っていつテロを起こしやがるか分からない。
それなのにこのクリスマスの前後はやたらと休暇申請が増えるから、こっちはシフト組みに四苦八苦だ。
世間ではサンタだケーキだと浮き足だってるようだが、俺にとっては面倒臭いイベント以外の何物でもない。

それをそのまま伝えると、銀時はわざとらしく肩で溜息を吐いてガリガリと頭を掻いた。

「お前ってほんと堅いっつーか。今まで可愛い女の子と楽しいクリスマスの経験とかなかったわけ?」
「クリスマスだからって何が特別かが分からん」

正直、江戸に出てきてから特定の女と付き合ったことなどない。
欲が溜まれば吉原に行って適当に発散させていた。それに何より、心の中にはずっと忘れられない人がいたのだし。
それが、いつの間にやらその心の中には銀色が住まうようになっていて。
女と付き合ったこともないのに、まさか今は男のコイツと付き合ってるなんて、全くどうしてこうなったんだか。

「何が特別って、イブだよ?今夜はクリスマスイブ!!っつってももう後三十分で終わっちまうけどな」

言って銀時は漸く俺の背中から離れると、胡座をかいてどかりと俺の背後に座った。

「今頃、世の恋人たちは楽しいイブを過ごしてるんだろうなあ」

棒読みで宣った後、身体は机に向かい、首だけで銀時を見ている俺を、じとっとした目で睨み付けてきた。

「チッ!気に入らねえなら他当たれや。生憎と俺は暇じゃねえ」
「何ですか逆ギレですか、コノヤロー!今日はイブなんだよ、イブ!!イブッつったら恋人と雰囲気のいい店で飯喰って、イイ感じに酒が回ったところでホテルに入って愛を確かめあったりするんでしょうが!めくるめく愛の交歓でしょうがぁぁっっ!!それがなに?何でお前は付き合って初めてのクリスマスイブの夜に仕事してんの?何で俺はお前の仕事終わるの待ってんのっ?!」

逆ギレはお前の方だろう、とか、めくるめく愛の交歓ってなんだ、とか。
突っ込み処は満載だったが、それよりも俺はポイと持っていたペンを机に放ると、くるりと身体の向きを変えて銀時の正面に座り直す。そして興奮してゼーゼーと息を荒くする銀時のフワフワの頭をわしゃわしゃと掻き回してやった。

いつも飄々として、今イチ掴み所のない銀時の、こんな風に子供っぽく必死に言い募る様が堪らなく愛おしく思えて、思わず手が伸びていたのだった。

「ちょっと待ってろ。いいもの持ってきてやる」

言って腰を上げると、俺はもう一度銀時の頭をポンポンとあやすように叩いてから、部屋を出た。
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