小説 短編

□板チョコ1枚分の愛情
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万事屋の玄関戸がガラリと開いた音がして、居間のソファに寝転がって深夜のバラエティー番組を観るともなしにボンヤリ眺めていた俺は、反射的に時計に目をやった。
時刻はもうすぐ日付が変わろうかという時間。
首だけ浮かせて、俺は今しがた玄関を開けた誰かが居間に入ってくるのを待った。

基本的に家を留守にする時以外は施錠しないので、勝手知ったる人間は断りもなしに部屋に上がり込んでくる。
しかし、こんな時間に訪ねて来る客には一人しか心当たりはない。

すぐにカラリと玄関へと続くガラス戸がスライドして、予想通りの人物が顔を覗かせた。

「よう」

のっそりと居間に入ってきた土方に寝転んだままで声をかけると、隊服姿の土方は「おう」と短く答えた。

約半月ぶりに見る土方の顔に嬉しさが込み上げ、思わず頬が緩む。

ずっと、顔を合わせばケンカばかりしていた土方を、いつの間にか好きになってしまっていた。
だけどそれを伝える勇気もなくて、暫くは気持ちを隠して、それまで通り顔を合わせばケンカケンカの日々を続けていたけど、やっぱり好きなヤツ相手にケンカばっかりってのは辛くて。
ダメ元で好きだって告白したら、まさかの俺もって答えが返ってきて。
晴れて恋人同士になれたのはつい最近のことだ。
でも、毎日が日曜日状態の万事屋と違って、土方は平日も週末も、なんだったら盆暮れ正月だって関係無い仕事だもんだから、付き合ってるって言ったって恋人らしいことは何も出来ていない。
今年の正月も結局アイツの休みが取れなくて会えなかったし。
まあ、アイツの仕事のことは理解してるつもりだから、そこには敢えて不満はないけど。
だけどやっぱり久しぶりの恋人の顔は、俺のテンションを上げるには十分だった。

当然、俺の側に来てくれると寝転がったままで土方を待ったが、居間に入ってきたものの戸の前に突っ立ったままでいつまで経っても俺に近付いて来ない土方に、俺はヨッコラショ、と身体を起こした。

部屋の電気は消してテレビだけ点けているので室内は暗く、突っ立ったままの土方の表情は分からない。
テレビの画面が切り替わる度にチカチカと土方の白い横顔を浮き上がらせた。

「どしたの?何かあった?」

いつもと様子の違う土方に俺はソファから腰を上げると、土方に近付いた。
だらりと下げたままの土方の両手を握り込んで下から顔を覗き込む。
二月も半ばを過ぎたこんな夜更けに、外を歩いて来ただろう土方の手は氷のように冷たかった。

「・・・チャイナは?」
「もう寝てるよ。何時だと思ってんの?」
「あ・・・」

気まずそうに顔をうつ向ける土方に俺はクスリと笑うとサラサラの黒髪をわしゃわしゃとかき混ぜてやった。

「そんな顔すんな。んな意味じゃねえよ。俺はお前が来てくれて嬉しいぜ?寒かったろ?茶入れてやるからそこ座ってな」

ソファを指差し、ついでに部屋の明かりも点ける。そのまま台所に立った。やかんを火にかけ急須にお茶っ葉を放り込みながら、どうも何かあったらしい土方の様子に俺は首をかしげた。
台所からそっと居間の様子を窺うと、大人しくソファに座っているのが見える。
今までにも、こうしてフラリと夜遅くに訪ねて来ることは何度かあったが、今夜のように何だか思い詰めたような土方は初めてだった。
隊服姿ということは、この時間まで仕事をしていたのだろう。いや、もしかしたらまだ仕事中なのかもしれない。

・・・仕事で何かあったか?
それとも・・・俺、何かしたっけ!?
え、まさか別れ話とかじゃないよね?
もしそうだったら銀さん立ち直れないんですけど!!

などと考えている内に湯が沸いたので、急須と湯呑みをふたつ盆に乗せて居間に戻る。

「どーぞ。お番茶」
「ああ」

土方の隣に腰掛け、大きめの湯呑みにたっぷりと茶を注いでやり目の前に置いてやる。すると土方は冷えた手を温めるように両手で湯呑みを持って一口啜った。
ほうっと口から吐息が零れる。

「・・・・」

そのままじっとうつ向いて、暫く何事か考え込んでいるので。
俺は土方の口から何が飛び出すのかと内心ビクビクとしながらヤツが口を開くのを待った。
こういう沈黙はマジで心臓に悪いからやめて欲しい。
思いがけない土方の登場に上昇していたテンションは、今やすっかり地に落ちていた。

そろそろこの沈黙に耐えきれなくなってきて、今夜の訪問の理由を聞こうと土方の方に身体を向けたのと、土方が隊服の内ポケットに手を突っ込み何かを取り出して俺に差し出したのが同時だった。
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