小説 短編

□be caught (後)
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銀時とかぶき町で出くわしてから一週間が経ったその日、土方は銀時から寄越される意味不明の視線のお陰で溜まりに溜まった憂さを晴らしに、久し振りに仕事を早めに切り上げ、宵の口の早い時間から一人で飲みに出ていた。
銀時とのバッタリを嫌い、普段は足を運ばない界隈で適当な店を見つけて入った。そこは、カウンターとテーブル席が何席かあるだけのこじんまりとした居酒屋だった。
銀時とあんなことになる前は、何のかのと言い合いながらも二人で楽しい酒を飲んでいたので、一人で呑む酒は久し振りで、少し味気ない。
それでも初めは、出てくる料理のなかなかに味のよいことと、その料理に土方が自前のマヨネーズを溢れる程に振り絞っても何も言わない大将に気分良く呑んでいたのだったが、いつの間にか頭の中に浮かんだ銀色のことをぐるぐると考える内、知らぬ間に酒の量が増えていたらしい。
そんなに長居をしたわけでもないのに、勘定する頃にはフラフラになってしまっていた。

足元をふらつかせる土方に、店主が誰かを迎えに来させようかと声をかけるが、酔っ払い特有の陽気さで「大丈夫、大丈夫」と手を振りながら土方は店を出た。
ひんやりとした外気が火照った頬に心地良く、土方は幾分か上向いた心で夜道をフラフラと屯所に向かって歩き始める。
今夜は、月も星も出ていない闇夜だ。
時折ぽつんぽつんと点在する街灯が、その足元だけをぼんやりと照らしていた。

立場上、いつ何時何が起こるかわからないので、土方は例え非番であっても羽目を外して深酒はしない。
真選組の副長として、いざ事あらばすぐに指揮が執れるくらいには自重している。
だからあの夜も、ホロ酔いではあっても自分は正気だった。あの男は違ったのだろうが。
考え始めると、酒で幾分か上向いていた気分がまた落ちてくる。

ここひと月ほどの、銀時から寄越される意味不明の視線は、土方の精神を思いの外疲弊させていた。
あの男には何か自分に思うところがあるのだ。多分。
それは決して土方にとっていい方向の感情ではないのだろう。
もしかしたら、酒の勢いとはいえ男を受け入れた自分を、気持ち悪いと思っているのもしれない。
その考えは、ここ数日来もう何度も土方の胸を抉っていた。そう考えれば、銀時が事あるごとにあんな怒気を含んだような目を向けてくるのも合点がいくような気がするのだ。それを証拠に銀時はあの夜以来、意味ありげな視線を寄越すばかりで、今までのように決して近寄っては来ないではないか。
その事を考える度に、土方は暗い水底に堕ちていくような絶望に震えてしまう。
銀時があの夜を無かったことにしたいというなら、それでも良かった。
たった一度でも、あの男と肌を重ねることが出来たのだから、報われずとも後は今まで通りのケンカ友達として、たまに一緒に酒を呑めればそれで十分だった。
その希望があったから、あの夜に初めて気付いた自分の想いにも、蓋をできたというのに。

だがもし、その夜をきっかけに嫌われてしまっていたとしたら。
視界に入れるのも嫌だと嫌悪されているのだとしたら。
心の中で想うことも許されないのか・・・。

「・・・・・。」

そこまで考えて、土方はぶるぶるとそんな思考を追い出すように頭を振った。
考えたくなくて酒を呑んだのに、気が付けばまたぐるぐるとそのことばかり考えている。
今夜はそれを少しでも紛らわそうと酒を呑んだというのに。

・・・実に気に食わない。
何を考えているのか分からないあの男も、こんな風に心を乱されてらしくないことばかり考え、それに勝手に傷付いている自分も。


ふらりふらりと身体が左右に揺れるのに任せて夜道を歩く土方は、だからその時、闇夜に紛れて後ろから近付いてくる殺気を纏った気配に気付くのが、一瞬遅れた。

「土方十四郎!!傀儡政府に尾を振る幕府の狗め!!天誅っっ!!」

叫び、突然真後ろから刀を振り上げて襲いかかってきた攘夷志士の一太刀を、それでも瞬時に身を捻ることで辛うじて避けられたのは、やはり真選組の鬼の異名は伊達ではないというところか。
土方はそのまま振り向きざまに自分も刀を抜いて再び降り下ろされた剣を受けた。
ガキンッと刀同士がかち合う音が静まりかえった夜の路地に響き、青白い火花が散る。しかし、踏ん張った足が酒のせいか相手の体重を支えきれずにバランスを失って瞬間的によろけた。
そうなりながらも何とか相手の刀を押しやり、しかしその反動でそのまま尻餅を付いてしまった。

「!!」

しまった!と思ったときには、攘夷志士は振り上げた刀を土方目掛けて降り下ろさんと眼前に迫っていた。

ここまでか・・・

土方が覚悟して固く目を閉じた刹那。
ガキンッという鈍い音に続いて「ぐえっ」という呻き声が聞こえ、すぐに辺りは静かになった。

「・・・?」

覚悟していた衝撃がこず、土方は恐る恐る目を開いた。

「!!」

最初に目に入ったのは、数メートル先の街灯の下で白目を剥いてのびている先ほどの攘夷志士。
そして、次に目に入ったのは自分を背にして仁王立つ男の後ろ姿だった。

「よ・・万事屋・・・!?」

闇夜に白く浮き上がる銀髪を靡かせた男が、木刀を肩に担いで肩越しにこちらを振り向いた。

「酔っ払って隙なんか見せてんじゃねぇよ」
「なっっ!!・・・!!」

非難の色を隠さないその言葉に、いったい誰のせいでこうなっているのかと瞬間的にカッとして見上げた銀時の表情に、土方はハッと言葉を飲み込んだ。
そこには、ここひと月ほどずっと寄越されていた、あの波のない無表情な顔はなく、激しい怒りを堪えるようなギラギラと紅く燃える瞳があった。

「お前、ちょっとこい」
「え、ちょっ!!」

銀時は尻餅を付いたままの土方の腕を掴んで立ち上がらせると、掴んだ手はそのままに、有無も言わさず引っ張って歩き始めた。

「オイ、待て!ちょっ、離せってコラッ!」

ぐいぐいと腕を引っ張っていく銀時に渾身の力で抗うが、腹が立つことに銀時には露ほども堪えていないようでビクともしない。
それどころか、抗えば抗うほどギリギリと腕を掴む銀時の力が強まって、骨が軋む。

クソッ!このバカ力!!

「分かった!!行くから手、離せや!!」

土方は諦めて抵抗をやめた。
どこに連れて行かれるのかは分からないが、どんな形であれ再び二人で話せるのを嬉しいと思ってしまった。
それに、嫌われているとしても、そろそろ銀時の口からここひと月のあの視線の意味をはっきりと聞いて、自分の気持ちにもケリをつけたいと思っていた。

「・・・・。」

土方の言葉に、銀時は無言で手を離した。
赤く銀時の手の跡が付いてしまった腕を擦りながら、再び前を歩き始めた銀時の背中に向けて、土方は溜息を溢す。
土方の酔いは、すっかり醒めてしまっていた。
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