小説 短編

□pray
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もうそろそろ日付が変わるという時刻、かたり、と微かな物音と中庭側の障子の向こうに人の気配を感じて、文机に向かっていた土方は筆を止めて瞬間息を殺した。
屯所の、ましてやここは敷地の中でも奥まった離れにある自室なので、おいそれと不埒な輩が入り込んでくる筈はないのだが、しかしその可能性はゼロではない。

「・・・・・」

外の気配を窺いつつ床の間の愛刀との距離を測っていると、やがて音もなくするりと障子が開いてよく知る銀髪が頭を覗かせた。
その姿を認めて、土方は瞬時に緊張を解く。
ついでに、文机の上に出していた紙をさりげなく裏返した。

「よう」
「何だ、てめぇか」
「何だとは何だよ。せっかく銀さんが愛しの土方君に会いに来てやったのに」

いかにも心外、というように唇を尖らせると、銀時は勝手知ったる風に部屋に入ってきた。

「何が愛しの、だ。一カ月も音沙汰なかった癖しやがって」

言った後でしまった!と思ったが後の祭りで、途端に銀時はニヤニヤと相好を崩すと土方の目の前に膝を付いて顔を覗き込んできた。

「アレ?土方君もしかして心配してくれてた?」
「んなワケあるか!今の今までテメェのことなんぞ忘れてたわ!それよりも!何度も言うが勝手に入って来んな!!不法侵入でしょっぴくぞっ」

久しぶりに間近で見た銀時の紅い瞳にどぎまぎする内心の焦りを隠しつつ、土方はいつもの憎まれ口を叩く。

心配なんか、していたに決まっている。
二人がいわゆる「恋人」となって久しいが、お互いの仕事には口を出さない、干渉しない、というのが暗黙のルールだ。
そのため、互いが今どんな案件を抱えているかなど知らないし(土方の場合は守秘義務があるので当然なのだが)今回のように数週間から一カ月音信不通になるのなんて二人の間ではさして珍しいことではない。
殊に銀時に至っては、日頃は怠惰な生活を送り、何事にも無関心。自分の得にならないことには指一本だって動かしそうにないのに、その実、困っている人間を放ってはおけず、時には自らの命をかけてまでその人間を助けようとするのだ。
大方、この一カ月音沙汰が無かったのも、また何処かで誰かの大切なものを守っていたからなのだろうが、その間無事でいるかと気を揉まされる方の身にもなって欲しい。
ともあれ、こうして無事な姿を見たことで、内心土方は安心していた。
もちろん本人にはそんなこと、口が裂けても言えないのだが。

「素直じゃないねえ、土方君は」
「うるっせぇ!」

煙草に火を点けながら、土方は相変わらずのニヤニヤ笑いをやめない銀時を睨み付ける。
その視線の先で銀時がそういえば、と顎をしゃくった。

「そこの庭、こんなむさっくるしい男所帯じゃ考えらんねぇような乙女なもん飾ってんじゃん」
「・・・・あぁ、笹飾りのことか」

土方は一瞬考えるように動きを止めた後、すぐに頷いた。
もうすぐ日付は変わってしまうが今日は七夕なのだ。
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