小説 短編

□君を喪うことで存在できる世界
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近藤が帰ってきた。漸く、自分たちの元に。
近藤が捕えられて以来、真選組は事実上解散となり、隊士たちは散り散りになった。それでも近藤を信じる者たちは土方らと共に地下に潜り、白い病の蔓延する江戸で近藤奪還の機を窺っていた。
そうして五年、かつては敵同士だった桂配下の攘夷志士たちと手を組み、攘夷党誠組として、寸でのところで無事に近藤を取り戻すことができた。
近藤が帰ってきたことは素直に嬉しい。だが、そうして漸く我らが大将を取り戻せても、土方の心は少しも晴れなかった。
何故か。
答えは分かっている。
ここに、銀色の男がいないからだ。


銀時の失踪は、その男を知る誰にとっても突然の事で、最初、万事屋の子供二人が銀時が帰ってこないと屯所に半泣きで現れたときにも、アイツの事だから心配せずともすぐに帰ってくると、土方は本気で思っていた。
しかし二週間が一月になり、二月経つ頃には、銀時の身に何かがあったと確信するに至った。
時を同じくして近藤が逮捕されたことにより真選組は事実上解散となり、治安が不安定になったところに追い討ちをかけるように白詛という原因不明の奇病が蔓延し始め、江戸の街はすっかり荒廃し、変わり果ててしまった。
土方は地下に潜って近藤奪還の機を窺いつつ、一方で銀時が残したメモを元に、あらゆる手段を講じてその行方を捜した。
その結果、世界で猛威を振るう白詛という奇病が、十五年前の攘夷戦争時代に幕府側が雇った、星崩しと異名をとる魘魅という傭兵部隊に仕掛けられた人為的ウィルス、ナノマシンウイルスであるということまでは掴んだものの、それが銀時の失踪とどう関わりがあるのかまでは分からなかった。それどころか、五年経った今でも肝心の銀時は見つからない。
その内、もう銀時は死んだのだと言う者が現れ、立派な墓まで建てられた。
冗談ではないと、土方は思う。
銀時は絶対に死んでなどいない。


五年前、銀時と最後に会った夜。
銀時は土方の身体を求めなかった。
ただ一晩中土方をその腕に抱き締め、耳元で繰り返し愛していると囁いた。
付き合うようになってからそれまで、一度だって会っているのに身体を繋がなかった夜などなかったのに、あの夜だけ、銀時は土方を抱かなかった。何かがおかしいと思いながらも、その時の土方はそれを問い質すことができなかった。
今でもずっと、それを後悔している。

銀時とは男同士ということもあり、大っぴらにできる関係ではなかったが、それでも二人でいる時間は幸せだったし、この穏やかな日常が銀時と共にずっと続くのだと漠然と思っていた。
銀時はいつでも、己の為ではなく誰かの、それこそ他人から見れば取るに足らないような、でも本人にとっては何物にも代えがたい大切なものを守るために、平気で自分の命を懸けられる男だ。
だから今回も、銀時はまた他人の何かしらに首を突っ込んで、少し時間がかかっているだけだ。
そう思って、この五年を過ごしてきた。
最初の一年くらいは、もし自ら姿を消したのなら、何故何も言ってくれなかったのか、せめて別れの挨拶くらいはしてくれても良かったのではないかと、恨みに思ったりもしていた。だが、それが過ぎると、ただ会いたいという想いだけが募っていった。
生きているのか、死んでいるのか、それすらも分からなくて、銀時が大切に守ってきた江戸の街が姿を変えていくのをただ見ていることしかできなかった。


近藤を取り返した夜、万事屋の子供らと一緒にいた銀時と同じ格好をした胡散臭い男に会った。
どう見たって銀時とは似ても似つかないのに、その男の纏う雰囲気がどうしても銀時を思い出させて、一瞬泣きそうになった自分に驚いた。
その男が、魘魅を探すと言う。
何の手がかりもなく、ただ信じて待ち続けることに疲れてきていると自覚があった。
もし、その魘魅とやらを探し出せたら、銀時の事が何か分かるかもしれないと思ったら、居ても立ってもいられなかった。
そうしてここ数日、本当にいるのかどうかも分からない魘魅を探して、土方は江戸中を走り回っている。

今日も朝から一日探し回ってクタクタの身体を引き摺って、土方は自分の隠れ家にしている長屋に帰ってきた。
近藤たちは、町外れの住人に打ち捨てられた屋敷の一つを隠れ家にして寝起きしているが、土方はどうしてもそこには居たくなくて、真選組の頃からセーフハウスに使っていた長屋で一人寝起きしているのだった。

すっかり日は落ち、辺りは暗い。古ぼけた長屋には土方以外に住人はいないので、他の家に人気はなく、当然灯りも灯ってはいない。
薄い煎餅布団があるだけの部屋に鍵など必要ないので、暗闇のなか、土方は朽ちる手前の立て付けの悪い引き戸をそのままガラガラと引き開けた。

「!!!」

途端に禍々しい、殺気のような気が室内からドッと吹き付けて、土方は瞬時に後ろへ飛びすざると腰の得物に手をかけ目を凝らした。
室内の暗闇の奥に、何者かの気配。
その余りに禍々しい気配に、背筋をじっとりと汗が伝う。
と、闇がドロリと動いて何かが暗闇から姿を現した。
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