小説 短編

□君を喪うことで存在できる世界
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カシャン、カシャンと錫杖が鳴る。
ゆっくりと近付いてくる何者かとの間合いを測りつつ、土方はじりじりと後ずさる。
酷い緊張で掌が汗でぬめった。

「・・・!!」

やがて姿を見せた者の異様な風貌に、土方は息を飲んだ。
右手に錫杖を持ち、その身体は黒く重たそうなマントですっぽりと覆われている。そして何より異様なのは、目深に被った編笠から覗く顔やら首やら、はたまた指先にまで梵字のようなものが書かれた包帯が巻かれていることだ。

「お前が魘魅かっ!・・・!?」

確かにここ数日探し回ってはいたが、まさかここで本体と遭遇するとは!!

土方が改めて刀を握り直し、どこからでもかかってきやがれ!!とばかりに相手を睨み据えた、その時。
目の前の男が徐に錫杖を投げ捨てた。
続いて今度は編笠を外し、それも投げる。
一体何が始まるのか、事態に付いていけず刀を握ったまま固まる土方の目の前で、男は更に自分の顔に巻かれた包帯に手をかけた。
幾重にも巻かれた包帯の切れ目から覗く紅い目が、じっとこちらを見ている。

やがて少しずつ露になってくるその姿に小さな予感を覚えて、土方は震えた。

ああ。いったいこれはどういうことだろう・・・。
どうして・・・・。

果たして、包帯の下から出てきた顔は。

「・・よろ・・ずや・・!!」

自分の見ているものが俄には信じられず、土方は瞠目して立ち竦む。

「お別れを言いに来た、土方」

異様な風貌の銀時が、そんな土方を愛おしそうに見つめた。




「・・・・もう本当に、それしか方法はないのか?」

薄暗い長屋の部屋で。
土方は銀時と向かい合っていた。
銀時は、今はほとんど魘魅に身体を乗っ取られているので、余り長い時間自我を保っていられないと前置きした上で、姿を消してからの五年間を土方に語った。

白詛が蔓延したのは、そもそも十五年前の攘夷戦争の時に銀時がその身にウイルスを宿してしまったことが原因であること。魘魅とは、そのウィルスそのものであること。だからそのウイルスを身体に宿している銀時が、今や魘魅であること。
この事態をくい止めようと五年前、自ら腹をかっ捌いたが、既に身体は魘魅に乗っ取られていて死ねなかったこと。
じわじわと内部から魘魅に侵食され始め、もうみんなの側には居られないと悟って姿を消したこと。
この五年の間、為すすべなく滅び行く世界をただ見ていることしかできなかったこと。
・・・そして、滅び行くこの世界を救う唯一の方法を実行する準備が、漸く整ったこと・・・。

どうしてこんなことに・・・。
銀時の話を聞いてまず思うのは、どうして銀時だけがこの世界の運命を背負わなければいけなかったのかということだ。
銀時は五年前の時点でとっくにそれを受け入れ、尚且つこの世界のために自らの命を捧げる覚悟もできている。
でも、今初めてこの話を聞いた自分にはとても受け入れられない。

「・・・これ以外に、方法はねぇよ」

穏やかともとれる銀時の表情が、余計に土方を苦しくさせる。

どうしてそんな、穏やかな顔でいられる?
だって、このままではお前が消えてしまう。
お前の存在自体が無かったことになってしまうのに!!
とても、とても受け入れられない。

土方はゆるゆると首を振った。

「なんで、俺にまで黙ってた?せめて姿を消す前に俺には話してくれてもよかっただろうが!!」
「話してたら土方、俺を殺してくれてた?」
「!!」

目を伏せた銀時の目が、初めて苦し気に歪んだ。

「・・・・・。」

どうあっても、銀時が居なくなることでしかこの世界は救えない。
そのことを、土方は今の銀時の一言で悟った。

土方は僅かの沈黙の後に徐に立ち上がると、目の前に座る銀時をぎゅっとその腕に抱き締めた。
瞬間、銀時の身体が恐れるようにびくりと縮こまる。
土方はそんな銀時の反応に構わず、首筋に己の頬を擦り寄せた。

土方が頬を寄せる首筋から顔の際まで梵字が浮かび上がる銀時の身体は、確かに既に銀時のものではなくなっているのだろう。
今なら、何故五年前のあの夜、銀時が土方を抱かなかったのかが分かる。
きっと、あの時には既に魘魅に身体を侵食されつつあったのだ。
だから、いつ自我が乗っ取られるか分からない状態では、土方を抱くことが出来なかったのだろう。

しかし、例え身体が魘魅に乗っ取られているのだとしても、こうして頬を寄せる銀時の身体は温かい。
この温もりは確かに温かな血液がその身の内に流れている証拠だ。
銀時が、生きている証だ。
銀時は生きて、今ここに確かに存在している。
それなのに、それが消えてしまう。その存在自体が、この世界から消えてしまうのだ。
この五年の間、ただひたすらに会いたいと願ってきた。
会ったら、どんな文句を言ってやろうかと考えていた。
でも実際に顔を見た今は、ただただ、この存在が愛しくてならない。
その愛しくてならないこの男は、もうすぐこの世から消えてしまう。
この世界の平穏と引き換えに、誰の心の中からも忘れ去られてしまうのだ。

そんなのは、ダメだ・・・。
例え誰が忘れても、自分だけは絶対に忘れたくない。
それが叶わないならいっそ・・・。
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