そのオトコ、甘党につき
□第三章 ハニードロップ
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流行を否定するつもりなど、あさひには毛頭ない。
けれどやっぱり…パンケーキじゃなくてホットケーキ。
そう呼ぶことだけは譲れない。
メープルシロップじゃなくて、はちみつをかけるのが榛名家流。
母が焼くと必要以上に薄くも厚くもなく、まんまるで、こんがり優しい茶色。
フライパンで焼くとふちが綺麗に白く残る。
3枚重ねて、バターをひとかけ。そこにはちみつをトロリと垂らせばキラキラと輝く…本当に特別な食べ物だった。
母はいつも、それをとても簡単そうに焼いていた。
フライパンで綺麗に焼くのは思いのほか難易度が高いのだ。
生地に空気が入りすぎてもダメだし、火加減を間違えたら片面が黒く焦げてしまう。
小さな頃、あさひの焼くホットケーキはだいたい楕円だったし、片面が黒くて平べたかった。
「おいしいよ、あさひ」
そう言って焦げたホットケーキを食べてくれた父は死んでしまった。
隣で根気よく見守ってくれた母も、もういない。
食べてくれる人がいない。一緒に食べる人もいない。だから…もう作らない。
あさひにとってホットケーキは今、夢に出てくるだけの…ただの思い出の食べ物になってしまった。