そのオトコ、甘党につき

□第五章 紅玉とシナモン
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「お母さん、どうしてこんな辛い粉、お菓子に入れるの?甘くなくなっちゃうよ?」

「あさひ、辛さが甘みを引きたてる事もあるのよ」

いつだったろう、店を始めた母にそんな事を聞いた事がある。

幼い頃は、いつだって母の傍にくっついて、お菓子作りを眺めていたものだ。

あの時はチョコレートのどっしりとしたケーキを作っていた…あれは、そう、チョコシナモンブレッドだ。


甘い香りを放つけれどそれ自体に甘みはなく、それどころかキリッとした辛みを持っている。

それなのに甘いものとの相性は抜群だ。

要するにシナモンは甘党のスパイスという事だ。


それってまるで木崎の事だとあさひは思う。

甘い香りで時々辛いシナモン。

甘党なのに見た目はコワモテ…むしろ凶悪。

でも中身は優しい。誰かにとっては辛くても、あさひには甘い事この上ない。


パイやクッキー。ある種のスイーツに、シナモンは欠かせない。

甘くて、それでいて刺激的。

自分にとっての木崎はそれと同じ。なくては困る。

けれど彼にとっての自分はどうかとあさひは考える。

きっと。きっと木崎にとって自分は欠かせない存在ではない。

いつかそうなれる日が来るのだろうか。きっと、そんなのは夢だろう。


人生は、甘いだけじゃないから。


意識の奥で不安と安心を同時に感じながら、あさひはうとうとと、微睡みの中にいた。



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