Somebody to Love

□Somebody to Love 本編
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1. たまごかけごはんは譲れない


最近外食ばかり続いてる。

体調面は勿論だけど、月末はお財布の中身が乏しくなるし、やっぱりなんか落ち着かない。

よし!今日は帰ってご飯炊くか。実家から送られてきた有機米あるし。

そうだなぁ…大根とわかめのお味噌汁作って、卵かけご飯がいい。あとは祖母お手製のお漬物も切っちゃおう。

やば、想像しただけでお腹減ってきた。

故郷の味、楽しみすぎる。

「…柚。何よ、なんかソワソワしてない?…まさか男?!」

時計を何度も確認してはニヤける私に気付いたらしい。

隣席で暇そうにしている同期の怜がいたずらな笑みで私に聞いてきた。

どうやら彼女、今日の仕事は片が付き、あとは明日の準備をしながら定時を待つばかりのよう。

今日は全体的に割と暇な日だったからうちのチームは皆が早く帰れそうなのだ。よしよし、計画は完璧。

「…フフ、ちょっとね」

なんとなく、言葉を濁してみたりする。怜に見栄張っても意味ないんだけど。

私のこのミステリアスな笑みの理由が卵かけご飯だなんて、別に言う必要はないのである。

「へぇ、ずっと男に興味なかった柚もやっとその気になったってわけ」

その結果、怜が思いっきり私の退社後の予定を男関係だと勘違いしたようだけど、特に訂正するのもダルイので反論もせず。

だって私の脳内はもう、米の事で埋め尽くされてますから。

つやつやと輝いて、綺麗に粒の立った炊き立てのご飯…あーうずうずする。

よっしゃ、この書類仕事を片づけて、はよ帰ろ。

キーボード音も軽快に、9割がた出来上がった書類の最終チェックを兼ねて清書。

うまくいけば7時には夕飯が食べられるはずだから…

録画しておいたドラマを見ながらゆっくりと、そうだ、卵だけは買って行かなくちゃね!新鮮なやつをね!

奮発してヨー○卵買っちゃいますか!

あー想像するだけで浮かれる。

「…よし、終了…っと」

保存処理とメール送信までを終えて、キーボードから手を離す。

ひと仕事終えた私の頭上から、非常にセクシーなお声がかかったのはその時だった。

「越野。すまないが、仕事を頼まれてくれないか」

「……へ?」

まず条件反射で時計を見た。

ちょいと待ってよ、終業まであと2分…

次におそるおそる声のしたほうを見上げる。

声で気づいちゃいたけど、やっぱり真鍋(まなべ)室長が私を見下ろしていたのであった。


白石製菓、第一営業部、営業企画推進室の若きエース。真鍋貴仁(まなべたかひと)、独身。

柔らかな物腰に、甘いマスク。けれど優しいだけではなく、やる時はやる男だと女性社員に大人気。

いやカッコイイさ。カッコイイともさ!否定しないよ。

だがしかし、私には今そんな事はどうでもいいのだ。室長!今晩我が家は卵かけごはんなのですよ!!

「いや、あの……」

断ろうとしたのを察知されたか、室長の次のセリフはかぶせ気味だった。

「非常に申し訳ないが、明日の早朝会議分なんだ。悪いが頼まれてくれ越野」

……な、なんと?

明日の仕事が終わってないと?

なんだか室長らしくない。いつもそんなギリギリの仕事する人じゃないでしょうに。

いつだって準備は入念に。彼はいつも完璧だ。

まったく今日に限ってどういう事?私ね、大切な用事が…

あ、そういば怜、さっきヒマそうにしてたじゃん!

「あ、それなら私よりも…」

適任が、と言いかけて私の動きは止まる。

隣の席に座っている筈の同期はそこにはいなかった。

パッと目線を走らせると、怜はいつの間にかコピー機の前でなにやら仕事をしているフリをしている。

え、何してんの!

あんたさっき暇っつってたよね!?


仕方なくゆっくりと真鍋室長に向き直る。

無言で見つめ合う事数秒。私は彼の無言の威圧感に…負けた。


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