Somebody to Love
□後日談: あなたと手を繋いで
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「…越野、生産管理との合同会議じゃなかったか?」
総務課へ経費の手続きに行った帰り、廊下で久しぶりに室長とすれ違った。
メールでなく直接話すのは一週間ぶりくらいだろうか。
室長は最近とにかく忙しいのだ。
それなのに部下の予定を把握してるのはさすがと言える。
足を止めて、ぼーっと室長を見ながら停止する私。
これが少女漫画のワンシーンならたぶん今、背景に花が飛んでいる。
─4月。
昨年度同様、私は営業企画推進室に籍を置いている。
そもそもグループ会社含め、営業全体のやり方を見直す為に立ち上げられた推進室は期間限定の組織だ。
第一営業部、その他各部署から数人ずつが集められ構成された。
なぜかその際に私もメンバーに選ばれたのだ。
なんでだかさっぱりわからなかったけど、私なりに必死で仕事に食らいつき1年。
大がかりな改革とは言えないまでも、古い体制の見直しの足掛かりくらいは出来てきているだろうか。
平社員には判断できませんけどね。まぁ粛々と自分の仕事をこなすしか出来ないからね。
そして推進室の2年目。
真鍋室長はなんと、第一営業部一課の課長職も兼務となった。
驚いたけれど、当然だとも思った。
皆がそう思ったのだと思う。
異例の出世に非難の声は上がらなかったから。
そんなわけで彼はとっても忙しい。
仕事も営業課の課長のデスクで行う事が多くなったし、推進室の室長席はだいたい空席。
寂しい。
仕事中にこっそり眺めて自分を慰める事も出来やしない。
「…柚?どうした」
廊下に他に人がいなかったからだろう。
室長が一瞬だけ、二人きりでいる時にする柚呼びになった。
私の反応がなくて不審に思ったらしい。
い、いかんっ!自分の彼氏に見とれてしまうとは不覚をとった!!
「…あ!え、えっとですね。実は会議は生管の都合で17時開始に変更になったんですよ」
「17時からぁ?終業時間から始める会議ってなんだよ。ったく社員に無駄に残業させて…何考えてんだあの部は…」
「まあまあ。仕方ないです。お互い様なとこもありますから…」
それに資料をもうちょっと詰められる時間が増えたし。結果オーライ。
「柚。今夜、会議終わってからでいい。うちへ寄ってくれないか?夕食を一緒に摂ろう。…話したい事がある」
「え?あ…はい。もちろんです。伺いますね」
「ああ。急がなくていいから。それじゃ、今夜な」
ポンポンと私の肩に触れて、歩いて行ってしまった室長の後姿を数秒見つめる。
…話したい、事?
真鍋室長、いやもう課長なんだけど。
いつも彼は会社ではクールで隙のない感じを崩さない。
それなのにさっきはちょっとだけ神妙な顔付きをしている気がして…私は違和感を拭えなかった。
***
「わ、満開…」
帰宅ラッシュ時は少し過ぎている。
にも関わらず、川沿いの夜桜見物客で街はまだまだ賑わっている。
私は室長のマンションに向かう道すがら、一人夜桜を見上げ呟いた。
腕や肩を組みながら仲良く桜見物をするカップルの後ろを歩きながら。
私と室長は付き合っているとは言っても社内でそれをわざわざ公言していない。
知っているのは怜だけだ。
もちろん我が社は恋愛禁止ではない。
社内カップルは多数いるし、自由な社風だ。
室長は「真剣な付き合いだから言ったって構わないだろう」という意見だったけど、私がストップをかけた。
室長が社内で非常に人気の高い男だというのが…だいぶいただけない、と考えている。
要するに私は女性社員が恐ろしいのである。
女の妬みエネルギーを舐めてはいけない。
皆が皆、怜みたいにサバけた性格ではない。
いい男の隣にいるのは、誰もが納得するいい女でなければならないのだ。
それがこの世の理、ってもんである。
そしてその基準に私は絶対当てはまらない。
怖い…怖すぎる。
私だって出来る事ならば働きやすい環境で仕事をしたいのです。
隠しておきたい、というのは私からの提案だ。
会う時は、こっそりと私の自宅か室長の自宅で落ち合う。
だから帰り道、一緒に手を繋いでのんびり夜桜見物なんて出来ない。
隠したいと言ったのは私で自業自得だけど、ぼっち花見ってちょっとカナシイな。
週末は雨予報だった。明日は花散らしの雨が降っちゃうから…
こんな見事な満開の桜は、今夜が見納めになるのだろう。
一緒に、見たかったな。
そんな身勝手な寂しさを感じながら、私は室長の家へと急いだ。