そのオトコ、甘党につき
□第四章 フェアリーケーキの魔法
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「…え。あさひの定休日はだいたい、一緒に夕飯を食べに行くの?」
「そうなの。もちろん木崎さんが忙しい時もあるから…毎週じゃないんだけど」
洗練されたロビーラウンジでのアフタヌーンティーに洋菓子店を経営する親友を誘う事にした。ちょうど聞きたい事もあったのだ、丁度いい。
親友のあさひは、英国式ティースタンドの下段のサンドイッチをつまみながらニコリと笑いかけてくる。
それってデートじゃないの…?という言葉を、御堂春霞(みどう はるか)は必死で飲み込み微笑み返した。
「…それで?その刑事さん、自分の勤務が終わったらあさひの店に立ち寄ってケーキを食べる事もあるの?」
「うん、木崎さんね、甘い物が大好きなの。あ、最初は私がお店に来てくださいって頼んで…それ以来、律儀に通ってくれるようになって習慣化した…みたい」
ティーソーサーとカップを持つ春霞の手が小刻みに震えてきた。
いやいや、それって『甘い物』が、じゃなくて『あさひの事が』大好きなんじゃ…?という言葉も、紅茶と一緒に飲み込む。
(お、落ち着くのよ春霞…)
「木崎さんはね。成り行き上、私の事を放っておけなくなっちゃったんだと思う。だから春霞の言うオトコっていうのは違うのよ?でも私…彼のおかげで、少し…変わろうと思えて」
「そ、そう…」
それってお互い好きって事じゃんか!
…と、大声で叫びたい衝動を必死で抑える春霞だった。
◆
例の人質事件で出会った刑事の木崎とあさひは、佐原という共通の知り合いが居たという事もあり少しずつ距離が縮まっていった。
そして法要の夜、木崎は酔ったあさひを心配して家まで駆けつけ、放っておけなくて朝まで傍についていた。
下世話な話、下心があればその時がチャンスである。手を出したって構わないのにそれもなかった。
(まぁ公職…しかも警察官なのだから当然といえば当然よね。襲ったら犯罪だわ…)
更にはろくに食事をとっていないあさひを週に一度は夕食に誘い、暇があればいそいそとあさひの店まで足を運ぶ。
(めちゃくちゃ親身になって面倒見てくれてる!)
そして…ここが一番重要だ。
あんなに頑なになってしまっていたあさひの心を…元の柔らかな状態に近づけてくれた男である、という事。
春霞だって当然、ずっとあさひの事を心配していた。
涙を少しも見せないで無理して笑っている親友の姿に歯痒い思いをしながらも、どうしてあげたらいいのかわからなかった自分。
けれど木崎と言う男は…そんな彼女の、心の中の何かを拾い上げてくれたのだろう。
芙美と自分と、あさひの三人で月子の遺品整理や部屋の片づけをしたあの日…あさひの笑顔は偽物ではなかった気がした。
こんな風に、誘えば自分で外に出てくる気力も戻ってきた。
少し前から何かあるなぁ…とは思っていた。予想通り、大切な誰かが出来たのだ。
あさひがここまで信用するのであれば、間違いなく相手は誠実な人間であると言っていい。
自分とは違って、あさひの男を見る目は間違いないのだ。
堅い職についているし、年齢はまぁ、ちょっとくらい年上のほうがあさひには合っている気がする。
だから春霞は、元のあさひに戻してくれた木崎に素直に感謝しているのだ。
感謝しているが、ただ…気の毒だった。
「ねぇあさひ…話はわかった。でも世間的にはね、それってもう付き合ってるって言うんじゃないの?」
「えー?何言ってるの春霞。そんな風に言われてないよ」
一応指摘してみたものの、あさひは笑いながら、のんきにクロテッドクリームをスコーンに塗り付けている。
(いや、言われてなくても態度で示されてるでしょうよ…気付こうよ…)
そこを気付かないのが、あさひである。
そう、高校時代からあさひは、そっち方面に…殺人的にニブイのだ。
「でもあさひは、好きなのね」
「…ん。でも…木崎さん困っちゃうと思うから…まだ、伝える気は、ない…。私ずるいかな、甘えすぎてる?」
「……そんな事ないでしょ。だって向こうが誘ってくれるんだし、断るのも失礼じゃない」
たぶん、相手はもう付き合ってるつもりでいるんじゃないだろうか。けれどそれを指摘するのは野暮というものだ。
せいぜい悩めばいい。それが恋愛の醍醐味なのだから。
(コワモテの木崎刑事さん…頑張って。あさひは手ごわいぞ、いろんな意味で)
「ところで春霞…社長にどんな貸しを作ったの?大丈夫なの?」
「…ああ、それ?実はね…」
少し心配そうに自分を見つめてくる親友に、春霞は不敵にほほ笑む。
心の中で会った事もない木崎にエールを送って、春霞は久々のあさひとの楽しいおしゃべりに集中することにした。