そのオトコ、甘党につき

□第五章 紅玉とシナモン
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視線だけで窓を確認する。カーテンの向こうが少しだけ明るくなってきた。

きっとまだ早朝だ。五時…くらいだろうか。

(木崎さんて、いつも何時に起きるのかな…)

遅刻させてもアレだし、でもよく寝ているようだから起こすのも申し訳ない。

あさひは身じろぎひとつ出来ず、一人で色々悩んでいた。

普段ならば、ベッドの枕元に置いた目覚まし時計で時間を確認するのだけれど。

あさひが寝ているのは自分のベッドではないし、ここは自宅ですらない。

木崎の家の、木崎の寝室の、木崎のベッドの中、である。


昨夜の事を思い出すと、顔が勝手に火照ってくる。

自分を気遣うような木崎の顏、包み込むように抱きしめてくる腕、肌と肌で直に触れ合うあの感覚が次々と脳裏に浮かぶ。

(すっごい恥ずかしいんですけど)

嫌だったわけでは決してない、自分が望んだのだ。

けれどあさひにとっては戸惑う事だらけだったのもまた事実で…やっぱり痛みに少し泣いてしまった。

そんな自分を困ったような愛おしそうな顔で木崎は見ていた。あんまり優しい顔をするから、余計に泣けてしまった。

木崎を悦ばせる術を知らないあさひに対して、木崎はとても優しくしてくれたのだ…と、思う。比較対象がないから何とも言えないけれど、全然怖くなかったから。

けれどその後木崎の腕に抱かれたまま寝る…というこれまた初めての状況にやけに緊張してしまったあさひは、あまり眠れなかった。

少しウトウトしては目を覚まし、を繰り返しながら朝を迎えてしまい今に至るのだった。

あまり動くと起こしてしまいそうなので、木崎の顔を眺めるくらいしかする事がない。

普段…眼光は鋭いし、眉間に皺を寄せるといつも怒っているみたいに怖い顔の木崎。

けれど寝ている時は少し力が抜けている。初対面で般若そっくりだと思った彼は、今ではもうちっとも怖くない。

あさひはそっと、木崎の唇に指で触れた。

この口で、好きだと言ってくれた。あさひは幸せだった。

けれど…あさひの心の中には大きな喜びと同時に、小さな不安も生まれていた。

いつか、彼が自分を好きじゃなくなる時が来るかもしれない。

手に入れたものを、手放さなければならない日が来るかもしれない。

昨日の今日でこんな事を考えるなんて、さすがにちょっとバカみたいだ、とあさひは笑って忘れる事にした。

けれどそれは、小さくても確かな不安の種だった。




「何してるんだよ?」

気が付けば、閉じていた筈の木崎の目がしっかりと開いて、至極おかしそうにあさひを見つめている。

あさひが木崎に触れたせいで、木崎は目を覚ましてしまったらしい。そっとしていたつもりだったのに。

「ご、ごめんなさいっ。…あっ!」

引っ込めようとしたあさひの手を、木崎が素早く掴んだ。そして、さっきよりもずっと近くに引き寄せられる。

裸のまま眠っていた二人の肌が、触れ合う。まだまだ慣れないその素肌感覚に、あさひは敏感に反応してしまう。それがさらに恥ずかしい。

「……ん?眠れなかったか?」

「い、いえ、あのう。あっ!…今、何時ですか?」

緊張して眠れませんでしたと言ったら笑われそうで、あさひは言葉を濁した。

「…ああ。あさひは今日店があるんだったな」

「木崎さんは?」

「俺は非番」

木崎がヘッドボードに置いた腕時計を確認している。彼がいつも腕にはめている時計だ。

いつはずしたのか知らない。というか、いつ彼が服を脱いだのかも知らない。

もっと言えば、自分がいつ裸になったのかもよく覚えていないあさひだった。

スマートフォンも置いてある。たぶん、いつもすぐ近くに置いているのは仕事柄常に連絡が取れるようにしておかなければいけないからなのだろう。

「今は五時ちょっと前。…早起きだなおい。何時にここを出ればいいんだ?」

ごそごそと布団に潜り込みながら、木崎があさひに訪ねる。

「えっと、八時くらいにお店に着けばいいので…七時半ですかね。一度、自宅にも寄りたいですし…」

いつもは七時には店に着くように行くけれど、今日は特別。材料の搬入に間に合えば、特に支障はないのだ。こういう部分は、自営の強みかもしれない。

「そうか。じゃ…まだ時間あるな」

木崎の瞳が、あやしく光った…気がした。

彼は早くスマホのアラームを六時半にセットすると、あっという間にあさひを組み敷いてしまった。枕に頭が押し付けられる。

「えっ?え…?」

訳がわからないうちに両手首を掴まれて、首元に口づけが落ちてくる。

「やっ…やぁっ…」

まさか今からまた?…朝なのに?

条件反射で身体と声が震えてしまったあさひに、木崎は動きを止めてくれた。

「……そうだった。身体辛いな。悪かった…小一時間でも寝たほうがいいのにな」

辛くはないが、正直違和感は残っている。でも、求められるのは純粋に嬉しくもあった。

木崎が自分を抱いている間は、木崎は自分だけのものだから。

たぶん自重してベッドから離れていこうとした木崎の腕を弱々しく掴む。

心配してくれたのは嬉しい。でも、それよりも……。

「あさひ?」

「行かないでください。あ、の。…そういう、意味です…」

これで察してくれなければ、もうこれ以上の誘い文句はあさひからは出てこない。

木崎は一度目を瞠って、それから途端に困ったような顔になった。あさひも困ってしまう。だって今更引っ込みもつかない。

ヤケになってぐいっと木崎の腕を引っ張れば、さほどの抵抗もせず木崎はあさひの近くに来てくれた。

カーテンのひかれた薄暗い部屋で、はじめてあさひから木崎に唇を寄せる。

あさひからのぎこちない口づけに木崎が応え、甘やかなものに変わってゆく。

「すき。木崎さん…」

昨夜の事は夢ではないと確かめるように。

あさひはベッドの中、何度も木崎の名を呼んだ。


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