Somebody to Love
□Somebody to Love 本編
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「これがプランA、こちらがもう少し価格を抑えた場合のプランB…それからコレは参考資料の…」
結局の残業。フロアには私と室長だけになってしまった。
一通り説明を終えると、じっと作成資料を確認していた室長が頷く。
「よし、いいな。やはり越野は中々いい資料作る」
よかった!3時間半で解放された!
そしてちょっと褒められた!小さくガッツポーズ!
けどもう9時まわってる…て事は帰ってご飯を炊いている暇はない。
今夜もコンビニおにぎり決定ですね。
あーあ、虚しい。一度盛り上がってしまっただけに、余計に虚しいわ。
私は時計を見ながら思わずため息をついてしまった。
「ああ…急に悪かった。予定あったんだろ?彼氏に連絡しなくてよかったのか」
気が付くと、帰り支度を整えた真鍋室長が、真後ろに立っていた。
むむ、出来る男は仕事も早けりゃ身支度も早いのだね。
私も急ごうではないか。
いそいそとPCをシャットダウンし、コートを羽織る。
「いえ、彼氏じゃないです。私は今日は炊き立てご飯で卵かけご飯を食べる予定で………あっ!!」
完全に無意識だった私は、思わずそれを口にしてしまった。
咄嗟に口に手をあてて黙り込んだけれどもう遅い。
「……たまごかけごはん?」
「え、あの…」
ヤバイ。私がミステリアスな作り笑顔で「ちょっとね」とか言っていたのを真鍋室長は確実に見ていた。
同期に見栄張ってデートっぽい雰囲気を匂わせておきながら、実際は帰って味噌汁すすりたいだけの予定だったのがバレるとは…!!
越野柚、一生の不覚!
「おまえ…卵かけご飯たべたくてあんなにソワソワしてたわけ?」
「え…あう…」
背中を嫌な汗が伝う。
どう答えようと、もう知られてしまっている。
時すでに遅し。
仕方なく、コクリと頷く。
「ぷっ……くくく…」
すると室長が、いきなり腹を抱えて笑い始めたのだ。
そしていつまでたっても室長の笑いは止まらない。
はっきり言ってこんなに楽しそうな室長、見たのは初めてだ。
けれど私は、しばらく呆然と立ちつくしていた。
かんっぜんにバカにされている。
確かに…同期相手にアホみたいな見栄をはった私は笑われても仕方がないのかもしれない。
でも!でもさ?
ずっと残業残業で忙しくて私だって疲れてんのよ。
営業企画推進室のあんたの指示で、あちこち駆けずり回ってんでしょ!
結果、そこらへんのファミレスで同僚と夕飯を済ませて深夜まで仕事したり、コンビニでおにぎり買ったり、カップ麺で済ませたり。
乏しい食生活に心が荒むの!
たまに、実家のごはんが懐かしくなるんだよ!
でも時間をかけて作るだけの余裕なんてないから、卵かけご飯なの!
早く帰れると思った時から楽しみにしてたの!!
それの何が悪いっての!
それだけで明日もまた頑張れるんだよ!
ああそうですよ、あたしゃ男と会う予定のひとつもない、仕事しか脳のないつまらない女ですよ。
でもそれがどうした!
会社には迷惑かけてない!むしろ残業までしてあんたの役に立った筈!笑われるなんて心外だ。
「……お疲れ様でした。失礼します」
しかしそれを口にするほどの度胸はない。所詮社畜だ。お給料を貰って生活している。
上司に意見していい事など、まずない。
こみ上げてくる怒りを必死で抑え、一言だけそう言ってペコリと頭を下げる。
そしてその場を足早に去る…というか、全速力で走った。
恥ずかしくて、一緒にいるのがいたたまれなくて。その場を離れる事しか頭になかった。