Somebody to Love

□後日談: あなたと手を繋いで
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「…ゴフッ!!」

お行儀悪くてごめんなさい。

あまりの事に食べてるもの吹きそうになっちゃいました。


なんとか衝撃に耐えて、口の中のものを咀嚼しゴックンと飲み込む。

なんたって私が食べているのは高級寿司。一度連れて行ってもらったあの上品なお寿司屋さんの出前寿司桶である。

吹き出してなるものか。

「えーと…スミマセン。今、なんと?」

たぶん、聞き間違いなのよね。

そうそう、幻聴が聞こえたんだ。

現実逃避的に淡い期待を抱くもその期待はあっさり砕かれた。

「来年度から香港支社の支社長になる事が内々で決まったから、ついてきてくれって言ったんだ」

う、うん。ごめんなさい、実はさっきもそう聞こえました。

「……支社長?」

「そうだ」

「しつちょ…違った、課長が、ですか?」

「二人の時は名前で呼んでくれないか。色々ややこしいだろ」

「えと、真鍋さん……スミマセン…貴仁さんが、支社長ですか?」

名字で呼ぼうとしたら、無言の圧で、名前呼びに強制変更させられた。

くっ、この人の圧…すごい。

「ああ。たぶん以後何年かおきに支社を転々とする事になると思う」

「…で、でも。現在課長クラスの人間がいきなり支社長って…ちょっと無理がありません?」

組織ってどんなもんだか私にだって多少はわかっている。

彼は確かにキレ者だ。優秀である。

でもだからといって昇進には踏むべき順序があるでしょうよ。


…あ、そうか。

わかった!冗談言ってんだな?

エイプリルフールはとっくに過ぎてるけど、私をからかって遊ぼうと…

「柚、戸惑うのはわかるが、事実だから」

ぐっ、表情読まれてるし!!


キッチン横のダイニングテーブルに向かい合って座っている為、彼は真正面にいる。

その顔はいたって真面目だ。

彼はこんなつまらん冗談を言う為に、私を自宅に招いたりするほど愚かではない。わかってる。

ちゃんとお夕飯をセッティングしてあった、話をする事以外には煩わされないように。


なんとなく感じていた事だけど…真鍋さんって、家柄がいいのかな。

いわゆるお育ちのいい環境にいた人間なのかもしれない。

会社の上層部に知り合いがいたとしても不思議はない。

私を助けてくれた時に簡単に会社を紹介してくれた事や、時折見せる、ちょっと上質な雰囲気。

それに高級なお店にこなれている感じなんかも…そう考えると合点がいく。

「えっと。驚きました…」

何か言わなきゃと思ったら、そんな言葉しか出てこない。

何を言ったらいいのかもよくわかんないし。


ただ驚きはしたけど、反感は持たなかった。

真鍋さん自身が仕事の出来ない人間ならば「なんだよボンボンかよ」と思ったかもしれない。

でも私は近くで見てきたから知っている。

この人は成果を得るための努力を惜しまない。

部下に何かをさせる時、自分はその倍以上に動いていた。

決してデスクで踏ん反り返っているだけの上司ではなかった。

もし真鍋さんが会社の上層部に食い込んでいくというのなら、きっとそれは会社に良い結果をもたらすんじゃないかと素直に思う。


とはいえ、ちょっと頭がクルクルしている。

落ち着こう、私。

そうよ、お茶でも飲んで…

湯呑を口に運んでひとくち…

「俺の親父。常務取締役なんだ」

「…?!…ゲホッ!!」

今度はお茶を吹きかけたけど、これまた根性で飲みくだした。タイミング考えろよ!まさかわざとか??


……ちょっと待て!

常務取締役って確か、現社長の叔父じゃなかったっけ?

平社員にはさほどに関係ない、上層部の組織図、大株主達の名前を必死で思い出す。

会長→社長の実父

常務取締役→社長の実叔父

真鍋貴仁→常務の実子?

となると、真鍋さんと社長って従兄弟同志って事になりますけど…?

…え。嘘。


この人…創業者一族なの?



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