Somebody to Love

□後日談: あなたと手を繋いで
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「で、でも…常務は白石姓では…?」

「入社時から俺は母方の旧姓真鍋を名乗ってる。人事でも知っている者は少ない。コネには違いないが入社試験をパスして入社してるからな」

色々な疑問は、私から質問する前に答えられてしまった。

「な、なるほど…」

特別視される事を嫌ってるんだろうか。

でもこんな風にいきなり支社長なんかになったら…きっと騒ぎになるだろうに。

すぐに事実は露見してしまわないだろうか?

それって…真鍋さんの望む形なの?


「その決定は、しつちょ…貴仁さんの本意なんですか?」

私の質問に彼は答えなかった。少し表情を崩しただけ。

何か事情があるのかもしれない。

だけど真鍋さんはもう、色々な事を覚悟しているように見える。

「本意ではないな。だが現社長の一哉と、その妹の芙美とは本当の兄弟妹みたいに育ってきて…大切に思っている。一哉の思い描く会社の新しい形を作る為、俺も努力したいと思っている」

「…そう、なんですか」

「一哉は頂点に立つ人間だ。上に立つ者には制約も多い。大株主の中には敵もいる。色々あるが簡単に説明するならば俺が素性を隠して入社し、社長の命を受け内部を探っていた…という事になるかな」

「社長の命令……」

内部を探るって…

あんた忍びの者ですか!?

水戸黄門でいったら風車の弥七って事なのかい?

いや、黄門さまの手となり足となり、素性を隠して暗躍…って設定だと助さん格さんでもおかしくはないね。

するとやはり私はお茶屋の娘だね!


もはや私の頭はグルグルしすぎてわけがわからなくなっている。

落ち着いて柚、水戸黄門は今関係ないよ。


「さすがにこの人事はサプライズすぎるからな。もう素性を明かさざるを得ないだろう。だが香港支社は特に問題が山積みでね。急がなきゃならないから仕方ない」

依然、頭のグルグルは継続し、ぜんぜん現実味はない。

とりあえず目の前のこの人は、将来この白石製菓の経営陣に名を連ねる人間だって事。

一体私、どうしてこんな大変な人とお付き合いしているんでしょう。


「……」

「柚、まだ俺の質問に答えて貰っていないな。もちろん、香港には一緒に来てくれるんだろう?」


彼は得意の意地の悪い微笑みと共に、最後の一打を確実に浴びせてきたのだった。


***


えーとえーとえーと…

目の前にいる室長は、今は課長になってて、それで来年度には支社長になるって言っててそれで、真鍋じゃなくて本当は白石って名前で──


ピーー…

あ、今なんか壊れた時の電子音ぽいの聞こえたかも。


ダメだ、完全にキャパオーバー。

元々回転の悪い私の頭、こんな一気に大量の情報を詰め込もうったって処理できない。

できないけど。

一緒に来てくれ、という言葉だけは…しっかり私の心の奥まで届いていた。

「えと。それじゃ私、海外転勤希望出してみます。そんな簡単に受理されないとは思いますけど…」

気が付いたらそう答えていた。

付き合ってるオトコは、とんでもない身分の男だった。

やはりいつか離れなきゃならない日は来るのだろう、でも今望まれているのなら、私は出来るだけこの人のそばにいたい。

好きだから、ついてゆきたい。


しかし今の私の実力では海外勤務への希望は…どうだろうか。

そもそも枠がないだろう。誰かが帰って来なければ、こちらから送り出す必要もない。

特に海外支社は現地採用人数が多い。本社からの指示はビデオ会議で事足りるし…

私の立場で彼と同じ場所に行こうとしても、手段に乏しい。

うーむ。どうしたもんか。

私が香港に行く方法は、他にないものか。

準備に1年しかないってのがちょっとキツイな〜。

腕を組み、豪華なネタが光り輝く寿司桶をじっと眺めつつ考える。


「くっ…はははっ…」

私が一人でああでもないこうでもないと唸っていると、室長の笑い声。

見れば腹を抱えて大笑いしてる。

「な、なんですかっ!なんで笑うんですか!私っ、真剣に考えてるのに…」

「鈍感!」

「はぁ?!」

なにそれ!

「柚はこういう女だったのを忘れてた。はっきり言わなかった俺も悪いか…。まあそういう所が好きなんだけどな。悪い、はっきり言う。退社してもらう事になると思う」

「…た、退社ぁ?」

何を言いだすんだこの人は!

いや、さすがにそれはちょっと無理でしょ。

働かざる者食うべからずっ!

そりゃ白石であるあなたにとってはササヤカな額かもしれませんが。

でも自分で生きてゆくだけの日々の糧を、私はこの会社で働いて得ているの!

やり甲斐だって感じているのです!!

「柚にとっては経験のない事だらけになるだろうし、今よりずっと忙しくなるだろうからな…」

「…?あの。何をさっきからブツブツ言ってるんです?私、退職するわけには…」

「白石柚になってくれ」

「最悪、現地で就職?…っていっても英語はともかく広東語も北京語もカタコトですし………は?…えっ?」

「結婚してくれないか」

「なっ…!!!」

なんですとーーーーーー?!!!


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