石米

□猫の放課後
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太陽が落ち始め、昼と夜の境目がわかる時間。僕は彼女のもとへ足を運ぶ。
何人も同じ制服とすれ違い、河川敷に着くと彼女がいた。途中で寄ったのだろう、コンビニの袋からはパック飲料のパッケージが透けて見えた。
じっと見ていると、彼女と目があった。
「今日も来たの? おいで」
指を上下にまげて僕を誘う。僕はそれに一鳴きして答えると彼女のもとへ走った。
「こんばんは、猫ちゃん。ちょっと失礼」
彼女は僕を壊れ物を扱うように触れると、持ち上げて膝に乗せた。そして、前足の脛あたりを擦った。
「よかった、怪我はよくなったのね」
彼女と僕の出会いは、僕の手当てだった。足を滑らせて傷を負った僕を、彼女がハンカチで応急処置してくれたのだ。
僕は彼女のお腹に、感謝の気持ちが届くようにすり寄った。手当てが遅れていたら後々面倒なことになっていたに違いなかった。
2、3度繰り返すと、彼女はストップをかけた。
「毛がついちゃうからごめんね」
気持ちは通じてないようだが、申し訳ないような、満更でもないような表情を見るとやった甲斐があるというものだ。
前足を器用に使い、毛繕いをする。しかし、視線を感じてその先を見ると彼女と目があった。
「……その、撫でてもいいかな?」
返事の代わりに距離を詰めると、彼女は僕の背に手を乗せた。そして毛並みに沿って優しく手を移動していく。手から伝わる彼女の体温が、少しずつ体に回っていく。その心地よさは言葉にするのも難しく、僕はただ鳴くことしかできない。
「気持ちよさそうだね」
顎の下に彼女の指が触れ、今度はツボを探すように、撫でていく。指が動く度に気持ちよくて蕩けてしまいそうになる。
仰向けになり、力が入らなくなるまで蕩けた僕を、彼女は優しく撫で続けた。
僕が回復したのを確認すると、彼女は僕を膝から下ろし、立ち上がった。スカートをはたく度に僕の薄茶色の毛が風に舞った。
「バイバイ、猫ちゃん」
彼女の姿が見えなくなるまで、僕は河川敷に残った。

街灯が点々と照らす道路を駆け、ある家の玄関に到着する。ドアの下にある僕用の小さな扉をくぐり家に入ると、姉と鉢合わせした。
「おかえり」
「ただいま」
僕は軽くその場でストレッチをする。両手を上へ伸ばし、屈伸運動を2、3回繰り返す。
靴を脱いでスリッパに履き替えると、洗面台に向かった。
手洗いうがいを済ませてダイニングに行くと、椅子にペンギンが座っていた。それで今日の夕飯の献立を知る。
「姉さん、魚苦手だからってそれはどうなの?」
ペンギンが口を開く。
「気分よ気分。こっちのほうが食べられそうな気がするの」
「ペンギンが焼き魚食べる?」
「今日は煮魚! ……というか、あんたに言われたくない」
ペンギンはくちばしを上に向けて、勝ち誇った。
「好きな女の子ときっかけ作るためにわざわざ魔法使ってさ。猫好きな彼女と関係進んだ?」
「姉さんには関係ないでしょ」
「未来の義妹になるかも知れないのに?」
姉のからかいに耐えられずに僕の目線は低くなった。そして今も余裕綽々な態度のペンギンに飛びかかった。

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