みさ

□足と電話とお屋敷暮らし
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足と電話とお屋敷暮らし
 
「窓の外にね、鳥がいたの」
「だから私、話しかけたの」
「『おはよう、元気ですか?』って」
「でもね、鳥は返事をしてくれなくって」
「どこかへ飛んで行っちゃった」
 もうじき5つになる双子が必死で私に訴えるものだから、私は、小さく咳き込んで漏れだしそうな笑いを誤魔化した。それに気付かない様子で双子は続ける。
「夜だったからね、鳥は黒い影になったの」
「みんな真っ黒だったから、どこへ行ったか分からないの」
 今にも泣き出しそうな顔をする二人の頭を優しく撫で、きれいに結われた髪を少しだけ乱した。
「次は『こんにちは』といってごらん。朝だろうと夜だろうと、鳥はきっと歌ってくれるさ」
「私たちのために?本当?」
「本当だとも」
「私たちのために!やったあ!」
 途端、泣き顔を引っ込めて手を取り合った双子は、騒がしげに私の部屋を飛び出した。この様子だとしばらくは窓の外を2人で眺めているのだろうと想像して少し可笑しく、可愛らしくあった。すると、後ろから先程の私のようなクスクスという笑い声が聞こえて、慌てて振り向いた。そこには使用人の女が立っていて、私を見て、口に手をあてながら笑っていた。
「だらしのないお顔をしてらっしゃいますわ」
 ああ可笑しい、と笑う彼女に私は顔を真っ赤にした。どうしようもなく何かに八つ当たりしたい気分のままに私は声を荒げた。
「勝手に入ってくるなと言っただろう」
「あら、ノックはしましたわ。旦那様がお気付きにならなかったのでしょう?」
「うるさいなあ。それで、何か用なのかい?」
「ええ。もう三時ですわ。紅茶とお菓子を持ってまいりましたの」
 成程。彼女の手には私の気に入りの白い陶磁のカップに入った紅い茶と、彼女の手作りだろう少し歪なクッキーが置かれた盆が乗っていた。時計を見れば確かに三時を指しており、私は長いことこの自室の中でぼうと読書に耽っていたのだと思い知る。
「貰うよ」
 先の事で少々気乗りしないながらもクッキーを手に取ればほんのりと温かく、作りたてであることがうかがえた。それを大きな一口で食めば、私好みのきつ過ぎない甘味が柔く口内を満たした。形は歪だが、美味しい。紅茶もクッキーに合わせた控え目な渋みが心地良い。私は目を細めた。
 彼女は少々不器用ではあるが、料理も掃除もきちんとできる。何事にも手を抜かずゆっくりとではあるが、丁寧にやるのが彼女だ。
「…もしかして、美味しくありませんでした?」
 彼女からは満足そうな私の顔が見えないのだろう、一つクッキーを食べ、紅茶を飲んで動きが止まった私に、不安気な彼女の声が降ってきた。もちろん美味いのだが、それを言葉にするのは気恥ずかしくゆるく首を振ってもう一つクッキーを口に入れた。そんな私に微笑んだ彼女の顔は見ることができなかった。
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