みさ

□幽玄また有心
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少年はひとり空を見上げた。
格子で区切られた青は静かに少年を見下ろしている。今は昼だ。客もいない。それなのに茶屋の二階、少年がそこから出ることは許されていない。

「春斗さん、あの、信貴様が」
「ん、今行く」

春斗を呼びに来た禿がそっと顔を下げた。春斗は頭をかきながら乱れた着物を直すことなく柵のついた階段の上から身を乗り出す。
この店の主である信貴が少し眉尻を下げた顔でこちらを見上げているのが見えた。

「なあに、信貴」
「お前なあ、俺は雇っている側なんだぞ?ちょっとは敬う態度ってもんを見せたらどうなんだ
「雇っている?使っているの間違いだろ?それよりとっとと要件を言え」
「ふん。お前さ、見受けされる気はあるかい?」
「…は、」

思いもよらない話に、春斗は暫し呆けた。今までに何度も見受けの話はあった。それを頑として受けなかったのは信貴の方だった。
何を今更、とは思ったが自分ももうそろそろ身体を売ることに限界を感じるようになっていた。年齢にしては若く見える方ではあるが、それにも限度があるだろう。
Ω特有の発情期があるとはいえ、その時期に関係なく抱かれてきた彼の身体は既にぼろぼろの筈だ。個人的に育てている禿の祐希も近々水揚げすると言われている。彼も春斗と同じΩで、今ですら二代目春斗とも呼ばれている。
若い彼が市場に出れば、当然春斗への客足は減っていくばかりだろう。
信貴が階段を登り、正面から春斗を見据えた。

「…で、誰が?」
「…それがなあ、山崎屋の当代なんだよ」
「はあ!?あいつ行く先々で花魁に暴力振るって問題起こして出禁になって茶屋しか来るとこなくなった奴じゃん!」
「そうだよ…けどさ、分かってるとは思うんだけど、お前も歳なんだよ。旦那も弾んでくれるって言うしさ…それに男相手ならそんなに乱暴も出来ないだろ」

それは違う、と春斗は叫びたかった。山崎屋は男を相手にし始めると「簡単には壊れない」と知っているからか更に酷く乱暴するようになったのだ。
「 少しは抵抗してくれた方が燃える」といいつつ抵抗のそぶりを微塵でもみせればたちまち拳が飛んでくる。春斗も何度かその拳を受けていたから分かる。
それを言わなかったのは信貴の意図を察したからだった。傷つけられる度に報告され、薬を用意していたのは信貴だ。
そうだ。信貴はただの商売人だ。避妊薬はくれても発情期を抑える薬などくれたことがない。女と違い薬がなくては避妊も碌に出来ないΩは役立たずと罵られ、梅毒を持った女との行為も強要されたではないか。いつだって損得勘定のみで動いているではないか。

「……分かった。受けるよ」
「そうか、ありがとう」

にこりと笑顔を見れると、信貴はすぐ下に降りていった。
部屋に戻ろうと振り向けば今にも泣きそうな祐希がいた。

「…春斗さん…見受けされてしまうんですか…?」
「大丈夫だっつの、祐希。お前はもう一人でなんでも出来るからな!俺も思い残すことなく行けるわ!」
「っそんな!…そんな、死んじゃうみたいなこと…言わないでください…」
「ごめんな。ちょっと…一人にさせてくれ」
「…はい…」
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