拝啓、愛しいあなたへ
□第6話
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拝啓、お姉さま。
新しい仲間が増えて、数日が経ちました。
最初はオーガの村にはない道具や文化の違いによる戸惑いを見せていた鬼人の皆さんも、すっかり慣れたようです。
リムルさんがお仕事の担当を決めたことで、生き生きとした様子が見られます。
初日の宴から、ゴブリンの皆さんとも仲良くしているようで、安心しました。
『そろそろお昼の準備へ向かいましょう』
「それでしたら、私が…姫さまはお休みになってください」
『シュナ様も衣服の製作でお忙しいでしょうから人手は多い方がいいでしょう?
それに、まだ畑の水やりしかしていませんよ』
それから、この町にも畑ができました。
森で採れた果物や野菜の種を植えて、お世話をする。
数ヶ月後には美味しい実ができていることでしょう。楽しみです。
リムルさんは、ハクロウさんへ剣の稽古を頼んでいましたが…大丈夫でしょうか。
ちらりと見た光景は、なかなか壮大なものでした。どの世界にもいらっしゃるようですね、鬼コーチとは。
私も参加しようかな…と思っていたら、ハルナさんに畑まで引っ張られてしまいました。
ハルナさんを巻き込むわけにはいきませんね。今度、1人で稽古をお願いしようかしら…
「シオン様、もういいです…」
「遠慮する必要はありません!私はリムル様の秘書。お昼の準備くらいお手伝いします!」
「ゴブイチさんと…シオン様?」
剣術の稽古について考えていたら、あっという間に厨房へ着いたよう。
ですが、扉の先に聞こえるのは料理人のゴブイチさんと、鬼人の1人、シオンさんの声。
知的な見た目をされているシオンさんは、リムルさんの秘書となりました。
なんでもテキパキとこなすイメージが目に浮かびます。
お仕事ができる女性って素敵ですね。羨ましいです。
しかし、どういうことでしょう。
なぜかゴブイチさんは困った声を発していました。
不思議に思いながら、ハルナさんが扉を開ける。
『こんにちは、シオンさん。こちらにいらっしゃるとは、珍しいですね』
「姫様!」
『リリアーナとお呼びください』
あなた方の「姫様」はシュナ様でしょう。
そもそも姫でもありません。一般人です。人でもありませんが…
「シュナ様がお忙しく、厨房の人手が足りないと思い、お手伝いにきました!
リムル様をご用意しなくては!」
『あら、ありがとうございます。助かります』
さすが、出来る女性。
こういう場面も察知できるなんて、すごいです。
「あの、リリアーナ様…」
「たった今、一品出来上がったところなんです!よろしければ、姫様もいかがでしょう?」
「!?」
「何を作ったのですか?」
「ささ身と青菜のすまし汁です!」
なんて美味しそうな名前!
和風の上品な料理名にますます期待をもちます。
ゴブイチさんが首を横に振られていることが気になりますが…
そんなに激しく振っては、首を痛めてしまいますよ?
「あの…シオン様…もしかして、その鍋…」
何かに気づいたハルナさんが指をさした先には、煮込まれている大きなお鍋。
なんだか、禍々しいオーラが見えるのですが…
「ええ!私が作りました」
大きなお胸を張りながら自信満々に仰るシオンさん。
ハルナさんが試しにお鍋の蓋を開けた途端、絶句しました。
そこにあったのは、すまし汁……?
イメージしていたものと随分違う色をした不思議なもの。
鶏さんの足らしきものがあるため、少なくともささ身は使用している範囲です…青菜はどちらへ?
オタマで掬ってみると、とろみ……というより粘り気のあるスープ。
すまし汁というよりあんかけに違い(?)、変わったお料理です。
いえ…姿に惑わされてはいけません、リリアーナ。
何より、シオンさんが一生懸命お作りなったもの。わくわくと期待の目を輝かせる彼女の親切を無碍にできません。
『では、一口いただいても?』
「「!!??」」
「はい!もちろん!」
早速、匙とお皿を渡され、中身を拝借。
「ひ、姫さま……どうか、おやめください…」
「あ、あぁ…….姫さま……」
すっかり隅っこに行ってしまったハルナさんたちの声を背に、私はすまし汁と向き合った。
いただきます、と匙の中身を一口。
『…………。』
「どうですか?姫様」
『……とても個性的なお味ですね』
感想はこれしか出ませんでした。
さて、どうしましょう…
『シオンさん。せっかくですが、好みの分かれるお味なので、みなさんの分は、ゴブイチさんとハルナさんにお願いしましょう』
お願いしてもいいですか?、と真っ青なお顔をされるお二人へお願いしました。
『シオンさんは、もう一度すまし汁を作ってみましょう
今度は私もお手伝いしますわ』
「はい!」
リムルさんへの愛情は充分。
ただ張り切りすぎて、ちょっと………ちょぉっっっと、見た目とお味に影響が出たのでしょう……多分。
シオンさんも納得いただけたようなので、早速すまし汁のリベンジです。
僭越ながら、アドバイスもさせていただきます。
『食材のサイズが大きかったので、もう少し小さく切りましょう』
長い道のりになりますが、まずはそこからです。