Bullet of the promise
□第五八話
2ページ/5ページ
〜回想〜
一体、何が…
「僕が…」
何が起こってるの…?
日が暮れる前に帰ろうとした…ただそれだけなのに…
「友梨奈さんのこと、好きだからですよ」
いきなり腕を引かれたかと思ったら、腰と後頭部には彼の大きな手。
目の前に広がるベージュの色とそこから香る彼の匂い。
そして、
「好きだ…」
耳元から聞こえたその言葉。
今自分がどういう状態でいるのかを物語った。
しかし、あまりにも急なこの状況で動揺せずにいられるほど、私は冷静な人じゃない。
そんな私を強く抱きしめていた昴さんは一度力を抜いたら、私の後頭部を押さえていた手を肩に回し、再び強く、しかし私が苦しくない程度に抱きなおした。
「僕は…」
昴さんはそのまま静かに口を開いた。
「女性の慰め方は分かりませんが、
惚れた女性がそんな泣きそうな顔して放っておけるほど、冷徹な男じゃないつもりだ」
『!!』
「…僕では駄目ですか?」
『………。』
「あなたの隣であなたの支えになれませんか?」
『…昴さん…』
私は彼の胸に両手を置き、少し押した。
昴さんも私が動いたことに気づき、肩と腰に回した手はそのままだが、少し離れて、密着していたお互いの間に空間を作った。
『気持ちは嬉しいです、とても…でも…』
そう、彼の気持ちはとても嬉しい。
見た目だけの私じゃない、ちゃんと“私”を見て伝えてくれた…
あの人と同じ、何も飾らないでハッキリと私を“好きだ”って言ってくれた。
でも…
『ごめんなさい…私、昴さんとお付き合いは出来ません』
「…私のこと、嫌いですか?」
『違います!…でも…』
≪…早く、お前をちゃんと“見てくれる”男が現れるといいな≫
クリスマスで劉が言ってくれた言葉が脳裏に浮かぶ。
『…私、昴さんとお付き合いしても、“昴さん”のことを見れる自信がありません』
「…どういう意味ですか?」
『…昴さんを通して別の人を想ってしまう』
「………。」
『似ているんです。顔や声、性格が違っていても、雰囲気が…どことなくその人に…』
似ている…本当に…
結局、返事を伝えれず、もう二度と会えなくなってしまった、“あの人”に…
閉じた瞼の裏に浮かぶのは友人が愛した“彼”の姿…
『そんなの…本気で伝えてくれた昴さん、貴方に失礼ですから…』
「その彼のこと…好きなのですか?」
『…はい…でも、もう二度と会えない人。会えても、彼に想いを伝えることができません』
「…どうして?」
『私にその資格も勇気もないから。彼には他に愛してる人がいるから…』
友人を救えなかった無力な私に、彼の告白に返事が出来なかった薄情な私に、今更気持ちを伝える勇気も資格もない。
だから…
『だから、昴さんはこんな女なんて忘れてください。
私に昴さんは勿体ない。
昴さんだったらもっと素敵な女性が…昴さんをちゃんと愛してくれる、幸せを与えてくれる人が必ず現れます』
その方がきっといい。
そう心から思っていた
なのに…
「…それで、貴女は…」
私の答えを聞いた昴さんは、先ほどと変わらない声でゆっくりと話す。
「その彼のことを貴女はずっと想い続けるつもりですか?誰のものになることなく…」
『…はい』
そう返事をして俯くと、彼は“そうですか”と言った。きっと呆れられたのだろう。
と、思っていたが、彼は肩に回していた手を彼の胸に置いていた私の左手に重ねた。
驚いて顔を上げると、彼は口角を上げていたずらっ子の顔をしていた。
「だったら、僕もあなたを想い続けます」
『えっ!?』
「ですが、ただ想い続けるだけというのは性に合いませんので…」
勝負しませんか?
『しょ、勝負って…』
急な彼の提案につい聞き返した。
何を言い出すんだ、この人…
「これから先、僕はあなたに振り向いてもらうために頑張ります。
もし、それでもあなたがその彼を想い続けたり、あなたを幸せにする別の人物が現れたら、友梨奈さんの勝ち。
友梨奈さんのことを諦めます」
ですが…
と、続け、重ねていただけの彼の手は私の手を軽く上げた。
「貴女が“僕自身”に惚れたら、僕の勝ち。
この左手の薬指に僕からの指輪を付けてくれませんか?」
『――ッ!!』
上げた私の手の薬指を自分の親指でなぞりながら言う彼。
それがどういう意味なのか、分からないほど鈍くない……はず。友人や幼馴染から「鈍い」と言われるから自信ない。
「どうします?」
『そんなの…』
「まさか、勝負に負けるのが怖くて、逃げますか?」
『(ムッ)…分かりました。その勝負、受けて立ちます』
挑発だと見え見えなのに、そう言われてムッとした私は、ついその勝負に乗ってしまった。
言ってすぐ思った。アホだ、と。
昴さんはそんな私に笑みを深め、私の左手首に手を滑らせると、自分の口元に近づけた。
「逃げないで覚悟してくださいね」
絶対に惚れさせてみせる…
『――ッ!///』
そう言って運んだ私の掌に口づけをした。
〜回想終了〜