ポケモン

□恋のめざめ
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エメラルドグリーンの頭部、そこから生えるオレンジの角。
そのラルトスは一般的に言われる色違いという希少な存在であった。
幼かったあの頃はどうしてそうも執拗に狙われるのかわからなかったが今ならわかる、珍しいからどうしても手に入れたいのだ。
そのラルトスはそうして迫り来る人々から逃げるにつれ親ともはぐれ、一人森の中をさ迷っていた。
身体中にできた傷が痛み、気配や物音にびくびくと怯える日々。
どうにかして食い繋ぎ、死に物狂いで逃げていた。
あの日も、また色違いを手に入れんとする者に追われていた。
ポケモンに攻撃され、投げられるボールを必死に避ける、そして茂みに飛び込んでなるべく人が通れなさそうな道を歩く。
普段の疲労、攻撃されたダメージ、それらが揃い最悪のコンディションだった。
追っ手を撒いた頃にはラルトスは立ち上がることもできず倒れ伏していた。

「.........この子、ラルトス...?」

頭上から降ってきた声に角がぴくりと動いた。
疲れきっていて誰かが近づいてきていることに気がつかなかった。
咄嗟に逃げようと腕を地面に立てるも、ずるりと滑って立つことができなかった。

「ひどい怪我......」

息を呑んだようだった。
他者の気持ちに敏感なラルトスは、その人間が心配していることを感じ取った。
腕が伸ばされる気配がする、が、抵抗できる力は無く、壊れ物を扱うかのように慎重にラルトスを持ち上げて膝に乗せられた。
仰向けにされて初めて、ラルトスはその人間の顔を見た。

「ごめんね、染みるだろうけど我慢してね」

眉を下げて瞳を揺らしたその人間が悪い人には思えずラルトスは強張っていた体を僅かに解した。
人間はバッグからきずぐすりを取り出すと、ラルトスの傷に吹き掛けはじめた。
しゅっ、しゅっ、ときずぐすりが噴射される度に傷に染み入り、痛みを伴って癒されていく。
そうして満遍なく吹き掛けられ、目立った傷は無くなり、体力も回復した。

「はい、もういいよ」

膝から下ろされ、頭を優しく撫でられた。
手がこんなに暖かいということをラルトスは初めて学んだ。
いつもいつも、伸ばされる手は恐ろしいものだった。
しかしこの手はとても優しく、ラルトスの緊張を解いてくれるものだった。
撫でられ慣れていないラルトスはそわそわし、その人間の顔をじっと見た。
微笑みを浮かべるその表情がとても綺麗だと思った。
笑みから風に靡く髪まで、ラルトスの記憶に一瞬で焼き付いた。
見とれてしまっているラルトスをどう勘違いしたのか、人間は少し首を傾げると側に置いてあったきのみを大量に積んだバスケットからオボンのみとモモンのみを取り出した。

「どうぞ、お食べ」

差し出されたきのみと人間を交互に見比べる。
やがておずおずとしながらもその小さな手で受け取り、一口かじった。
きのみの味が口内に広がり、ラルトスは夢中でかぶり付いた。
知らぬ間にお腹はこんなにも減っていたらしい、がつがつと頬張るラルトスを人間は微笑ましそうに見ていた。

「うん、大丈夫みたいだね。じゃあ私はそろそろ行くね」

人間はふいに立ち上がると、ラルトスに手を振った。
「元気でね」と言い去っていく人間を引き留めようとして、思いとどまる。
どうして人間に着いていこうとしたのだろう、そう考えて足が動かなかったのだ。
人間とは怖いものである、だから着いていっちゃ駄目だ。
でもあの人間には着いていきたい、この感情はなんなのだろうか。
悶々と悩んでいるうちに人間の姿は見えなくなり、不思議な虚無感に包まれた。





それが数年前のことだった。
今はキルリアに進化を遂げ、ただ逃げるばかりだった日々にバトルを覚えた。
どうやらキルリアは能力値に恵まれているらしく、未だに無敗だ。
相手よりも速く行動し撹乱するすばやさ、相手を戦闘不能にさせるこうげきとくこう、自身を守るぼうぎょとくぼう。
あらゆる能力面において他のキルリアよりも勝っていた。
そんなキルリアの目の前にはめざめいしがあった。
これはオスのキルリアを更に進化させ、能力を引き出してくれる進化の石だ。
ねんりきによってふよふよと浮かぶそれを見つめる。
光を浴びて輝くそれがあの日の人間の瞳と重なって見えた。
あれからずっと探していたが未だに再会することはできずにいた。
数年前はわからなかったあの感情は、今ならわかる。
きっとあの人間に恋をしていたのだ、ポケモンと人、種族も何もかも違う。
しかし、確かに恋をしていた。
それは気づいた今でも変わらず、むしろ増していくばかりだった。
あのとき助けられたから、今度は自分が助けたい。
いつか出会えた時は強くなった自分が守りたい。
そんな想いを胸にキルリアはめざめいしに手を伸ばした。

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