秘めごと(夢小説)

□忘れ物
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信長「そんな甘い策で武田軍の目が欺けると思うのか、阿呆どもめが」

軍議のさなか、広間に信長の怒号が響き渡る。

始まる以前からどこかぴりぴりとした空気を纏っていたが、時間を増すごとに信長のイライラもさらに増しているようだった。

光秀「しかし、御屋形様。御屋形様の案では我が軍の伴う危険が大きすぎます。ここは、もう少し穏便に、我が軍への被害を最小限に抑える策がよろしいかと……」

信長「ふん、臆病者めが。これだからお前は所詮二番手止まりの器なのだ。失うことが怖くて、天下など取れるものか。こんな軍議、時間の無駄だ。午後にまた席を設ける。そのときにはもっとましな意見を持ってこい」

信長がそう一喝し部屋を出るとシーンと静まり返っていた部屋がざわざわと騒がしくなる。

犬千代「いやぁ、御屋形様、どうしちまったんだ? 今日はいつにも増して腹の虫の居所が悪かったみてーだな」

秀吉「ここ最近忙しくて何日もゆっ くり出来てないみたいだよ。エマちゃんにもまともに会えてないみたいだから、そのせいもあるのかもね?」

光秀「私が不甲斐ないせいで御屋形様をはじめ皆さんにご迷惑をかけてしまい、申し訳ないです」

秀吉「光秀さん、謝らないでください。午後の軍議までもう少し策を出し合ってみましょう?」

そうして、信長が退出した部屋では男たちが膝を突き合わせ、ああでもない、こうでもないと、談義に華を咲かすのだった。

一方同日の少し早い時間ーーー
信長の私室ではエマが散らばった巻物の整理をしていた。
ふと、文机に目をやるとある物が置き忘れられていることに気が付く。

「あっ、信長様、忘れていかれたんだ!」

それは、信長様が常に肌身離さず懐に持ち歩いている瓶詰めにされた金平糖だった。

初めて作ったときは失敗して形もいびつだったけれど、信長様のためにと何度も作るうちにこつを覚え、今では一粒一粒の形が揃い見栄えもよく、寝ていても作れるような気さえする。

信長様の精神安定剤と言っても過言ではないほど、どこへでも肌身離さず持ち歩き、常に口にしている金平糖。
それを置き忘れてしまったなんて、信長様大丈夫かな、と一抹の不安がよぎる。

最近まともにお目にかかれてないし、持って行って差し上げよう。

純粋に心配する気持ちと、一目会いたいと邪に思う気持ちを金平糖のビンと一緒に懐にしまい込み、信長様の部屋を後にした。

廊下をパタパタと歩いていると秀吉様とばったりと会う。

秀吉「あ、エマちゃん!どうしたの?何か急いでる?」

エマ「あ、はい、信長様を探しているんです。お部屋にこれを忘れているのを見つけたので、お届けしないと、と思って」

秀吉にちらりと金平糖のビンを見せると、秀吉は合点がいったというように目を細めて微笑む。

秀吉「あぁ、どうりでイライラしてたわけだ!エマちゃん、御屋形様なら向こうの方歩いてるのみかけたよ。会いに行ってあげて」

そう言われ、気もそぞろにありがとうございますと一礼し、言われた方角へと駆け出した。

秀吉「あーあ、俺にも好物を必死に届けてくれるかわいい恋人できないかな」

そうつぶやいてエマの後姿を見送る秀吉はとても優しい目をしていた。

ついに信長様の姿を見つけたときには私の息はハァハァと上がってしまっていた。

信長「どうした、息なんぞ切らして。そんなに俺に会いたかったのか」

にやりと口の端を上げ、くくっと意地悪そうに告げる信長様。

「あの、これを、お部屋で見つけたので。困っていらっしゃるかと思い持ってきました」

信長様は予想外のものを目にしたように、懐から出されたビンに驚きに目を丸める。

「甘いもの足りないと、信長様、すぐにイライラしちゃうから。家臣の皆さん大変だったんじゃないですか?」

そうからかうように、しかし、愛情をたわわに含んだ大きな瞳でくるりと信長様を見つめると、図らずもその頬が染まる。

「不足していたのは甘味だけではない」

そう告げられ、大きな強い手に腕をぐいっと引かれ体がすっぽりと信長様の胸のうちへと収まる。

「あっ、」

「甘味を食すより、貴様の匂いでもかいだ方が何倍も癒される」

首下に埋められた鼻先が大きく息を吸い込み、くすぐったさを覚え、同時に胸がきゅうっと音を立てる。

「私も、深刻な信長様不足でした……」

「くくっ、ならば、しっかりと補充して行け」

「ッ、、」

突如触れ合った唇にピクリと肩を揺らす。
しかしお互いの愛を注ぎ込み渇きを満たし合うかのような心地よさに、しばらく二人の唇が離れることは無かった。

足元にはころりとエマの手から滑り落ちた金平糖のビンが転がっていた。

―――午後の軍議では、金平糖を片手にそれをポリポリとついばむ信長の姿があった。
優しい甘さが信長の脳を冴え渡らせ、恋人に満たされた心が家臣の声に耳を傾ける余裕をくれる。
うってかわって上機嫌の信長にみなが顔を見合わせ、胸をなでおろしたのは言うまでもない。


忘れ物 終


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