秘めごと(夢小説)

□秋の夜長
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リリリと鈴虫の音が響く秋の夜更け、私は三成様と一緒に彼の部屋にいた。

―――数刻前、城を去ろうとしていた三成様に思い切って声を掛けてみたのが今夜の始まり。

「あの!三成様、お部屋にお邪魔しても構いませんか?」

同じ城で勤めているとはいえお互いの持ち場が違うため顔を合わせることはほとんどない毎日。

(久しぶりに一緒に過ごしたいな)

そんな思いで心を決めて発した私の言葉は、三成様の返事によって一刀両断にされる。

「読みたい書がある。邪魔になるから来るな」

「そ、そんな……!」

(玉砕?!)

でも、こんなところで引く私ではないし、とっておきの秘密兵器だって用意している。

「おまんじゅうたくさん作ったんですけど、三成様と一緒にお茶でも飲みながら食べたいなぁと思ったのに。しょうがないですね、忙しいなら犬千代にでも声かけてみます」

「む、待て。まんじゅうと言ったか」

(よしっ!食い付いた!)

心の中でぐっとこぶしを握り、勝利の予感に顔がほころびそうになるも、いたって冷静に言葉を続ける。

「今回はおまんじゅうをてんぷら風にしてみたのと、庭先で取れた栗を混ぜ込んでみたものを用意したんですけど、犬千代喜んでくれるかなぁ」

「ふん、雑食の駄犬にまんじゅうの味の違いなどわかるか。味の分かる者に食べてもらったほうがまんじゅうも喜ぶ。付いて来い」

そういうとくるりと踵を返し私の持っていた風呂敷包みを奪うように手に取り屋敷へと歩き出す。

待ってください、と溢れ出す笑顔をもはや隠しきれず小走りで追いつき、三成様の腕にまとわり付くようにして隣を歩いた。

―――――

そして今、

「おまんじゅう、どうぞ」

「・・・・・・・・・」

お茶を淹れまんじゅうと共に差し出すと、三成様は書から目を上げることもなく器用にまんじゅうを掴み口へと運ぶ。

ろうそくの明かりの下、書を読みふけっている三成様の目には、私の姿など入らないらしい。
一言も言葉を発さず、二人の間にはパラッ、と三成様が頁を捲る音が鈴虫の音に混じって定期的に聞こえてくる。

「三成様、おまんじゅう、いかがですか?」

「……食べれなくはない」

(もう、素直じゃないなぁ)

だけどこんなやり取りにもすでに慣れて、三成様のそんな安定した意地悪な物言いにも心が和む。

(う〜ん、手持ち無沙汰。当分構ってくれそうにないし、私も何か読もうかな……)

「三成様、私も書をお借りして読んでもいいですか?」

「構わん」

邪魔するなといわんばかりの無愛想な言葉を受け、そそくさと立ち上がり書棚へと足を運ぶ。

(兵術書に、医学書に、歴史書。う〜ん、どれも難しそう。)

壁一面を覆う書棚に几帳面に並べられた三成様の蔵書から興味がわきそうな物を見繕ってみると、

(……あ、おとぎ話なんかもいくつかある。三成様がおとぎ話を読んでる姿なんて、ふふ、なんかかわいい)

くく、っと思わず漏れてしまった吐息に反応するように三成様がちらりと目線を上げる。
図らずも目があってドキリとするが、ジトリとしたその視線はまたすぐに書へと下ろされた。

(もうっ、つれないなぁ……。それにしてもすごい量)

数百を悠に超える蔵書は、整然と分野ごとに分けられ題目から探しやすく整理されており、三成様の性格がうかがえる。

(武士のための栄養学、か。うん、これ読んでみようかな)

興味のわいた書を抜き出すと三成様の真後ろに背を向けて座り込み、パリッとした着物の姿勢のよい広い背に、自らの背をもたせ掛ける。

「む、なんだ、重い」

首を向けて振り返る三成様を今度は私が一刀にする。

「お気になさらず。私、今、書を読むのに忙しいんです」

「…………。ふん、勝手にしろ」

(ふふ、今絶対に眉しかめてる。頬も赤くなってるかな)

そんな愛しい人の表情を思って頬が自然と緩む。

……が、まったく集中できない。

背中から伝わる心地のいい体温に、外から聞こえる優しい秋の音。

私のまぶたは知らぬうちにとろりと下がってくる。

(あぁ、だめ、もう限界……)

これ以上は読むのを諦め潔く書を閉じると、のろのろと這うように三成様のわきへと体を横たえた。

「お前、これは何の真似だ」

「んー?膝枕っていうんですよー?」

膝にごろんと頭を乗せ、頭上から見下ろす鋭い視線を半ば閉じかけの瞳でゆったりと見上げる。

「ッ、それくらい知っている。邪魔だ。退け」

「いやですー、だって、しょを読むのに足は使わないれしょ〜?」

「チッ、タチが悪いな」

眠気からかだんだんと舌足らずになり、言葉遣いも行動も遠慮がなくなっていく。

「んー、三成さまのはかま、せっけんのいいにおいがする〜」

腰に腕を巻きつけ、大きく深呼吸をすると、大好きな人のにおいで肺も心も満たされていく。

「ッ……!」

三成様が強張るのがわかったが、それとは関係なしに私の意識は深いところへとどんどん引きずり込まれる。

「みつなりさま、おやすみなさぃ……」

「おいッ!」

―――柔らかく頬をつまんでみても、エマが起きる様子はなくて。

書に栞を挟み、降参したように自分の膝に乗った小さな頭から流れる黒髪を優しく撫でてやる。

「空っぽだとは分かっていたが、軽い頭だな」

いつもの嫌味にくすくすと笑いながら言い返してくる恋人はもうすでに夢の中で、返ってこない反応にいくばくかの物足りなさを覚える。

「くそっ、これじゃ身動きが取れんな」

腰に回された手が緩むことはなく、すやすやと安らかに寝息を立て、その安心しきった寝顔に幼さも、無防備ささえも感じさせるエマに心の中で両手を上げる。

「……ふん、今夜だけだぞ」

気を紛らわせるように軽く頭を振り、読みかけの書へと目を戻す。

片手で頭を撫でながら、片手で書を読みまんじゅうを食べる。

一人で部屋にこもり書を読んだどの夜よりも穏やかに温かく時が流れていく。

膝に心地のよい重さを感じながら、先程よりもゆっくりとした間隔で頁が捲られていくのだった。

秋の夜長 終



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