秘めごと(夢小説)

□三成様お誕生日物語・表&裏
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――翌朝。

夢うつつの中伸ばした指先が宙を掴む。
はっと目を開けると、そこにあるはずの膨らみはなくて、温もりの残っていない褥からエマがしばらく前にそこを抜け出したのだとわかった。

まったく、こんな早くから何をしているんだ……。

緩く崩れた寝巻きの襟を正しながら、いい匂いと軽快にまな板に響く音に釣られ台所を覗くと、案の定そこにはたすき掛けをし髪を結い上げたエマがいた。

野菜を刻むことに集中し、手際の良く隙だらけの後姿をしばし愛でてから、おもむろに近づき背後からぎゅっと抱きしめた。

エマ「ひゃっ!?わ、三成様?!」

包丁を持った手が固まり、ぱっと振り向くエマの腹に腕を回し、首元に顔を埋める。

三成「続けろ」

エマ「……でも、包丁、危ない、ですよ……」

三成「構わない。……どうして勝手に褥を抜けた」

お互い休みの朝だったから、二人でゆっくりしたいと思っていたのは俺だけだったのか。
独りよがりの思いがどこか悔しくて、わざと責めるような口ぶりになってしまう。

エマ「朝餉と、お弁当の支度をしなきゃと、思って……」

三成「ふんっ、俺より、朝餉の方が大事か」

素直ではない俺が、寝起きはどうしても甘えたくなる。
拗ねた声音に気づかれないように首元に当ててくぐもらせた。

ことりと包丁を置いたエマが腕の中で身を捩じらせ俺の腰に腕を回す。

エマ「今日は、特別な日だから。ソワソワしちゃって、寝ていられなくて。三成様のためにたくさん美味しいもの作ったんですよ」

そう鼻先で微笑むエマはごめんなさい、と言うと背伸びをして、んー、っと小さな唇を突き出してきた。

くっ、こいつは……。
俺の扱いがうまいな……。

恋人のそんな仕草に抗える訳なく、軽く唇を落とせば啄ばむように何度も繰り返し、俺のいじけた心もすぐに満たされてしまった。



日も大分高くなった頃、俺はエマを前に抱え、馬の背に揺られていた。

風呂敷にはずっしりと重い重箱。
ござも小脇に抱え、軽快にエマの示す道を馬は進む。

三月の柔らかい日差しの中、新芽が芽吹きだした木々の間をくぐり、人里離れたなだらかな丘を登りきる。
途端、一気に視界が開け、エマがわぁっと感嘆の声を上げ俺も思わず目を見開いた。

これは……。

そこには、満開に咲いた濃い桃色が春の薄い青に映え見渡す限りに広がっていた。

エマ「わぁっ、すごく綺麗!ねっ、三成様!」

三成「……ああ」

柄にもなく悪態の一つもつけず眼前の光景に目を奪われる。
ようやく馬をつなぎ、興奮で落ち着きのないエマを下ろしてから、俺は一番立派に咲いた桃の木の下へとござを敷いた。

木の間を舞うように上を見上げながらおぼつかない足取りでエマが戻ってくる。

エマ「さすが秀吉さまですね!こんな素敵な場所を知ってらっしゃるなんて」

三成「ああ、本当だな。さすが秀吉だ」

頭上を覆う桃色に素直に感嘆していると、エマが待ちきれない、とでもと言った様に風呂敷包みを解き始める。

エマ「三成様、少し早いけど、もうお昼にしませんか?」

三成「くっ、アンタはやはり花より団子か」

皮肉げに口角を上げる俺にエマは満面の笑みを返す。

エマ「ふふっ、やっぱり、まだ気づいていないんですね。早くこれを見せたくって」

そういうと、おもむろに重箱の蓋に手をかける。

エマ「……三成様、お誕生日、おめでとうございます!」

三成「……!!」

勢いよく開けられた重箱には、頭上の桃に負けないほど鮮やかな春の色した散らし寿司が敷き詰められていた。
飾り切りされた人参に蓮根、繊細な錦糸卵に緑を添えるさや豆。

そしてその中央にはお内裏様とお雛様の人形がちょこんと置かれていた。

三成「これはっ……」

エマ「ふふ、お内裏様は三成様なんです。そしてこれ、ぜーんぶ食べられるんですよ?」

そういわれてよくよく見てみると、握り飯でかたどった顔にかかる海苔で作ったらしい黒髪も、同じく海苔で表された少しつりあがった目も、ゴマ粒でつけられた目元のホクロも俺にそっくりで。

おもわず、言葉を失う。

エマ「……びっくりしましたか?」

三成「あ、ああ……」

期待と不安に聞いてくるエマにまともな返事が返せない。

エマ「さっ、食べましょう!」

安心したように息をついたエマは、小皿に手際よく散らし寿司や他の重箱につめられていた煮物などをよそっていく。
最後に俺の顔をしたお内裏様を載せ、皿を手渡された。 

エマ「お雛様は私が食べますね」

そうにこりと告げ、お皿を前に手を合わせるエマを呆けたように見つめる。

エマ「ん?三成様?どうされました?」

三成「いや、まったく忘れていた……。このように祝われることも初めてで……」

今まで自分の誕生日なんて忌々しいだけで、祝われることにも興味がなければ慣れてもいなかった俺は、エマの暖かな心遣いに二の句が告げずにいた。

エマ「だって、大好きな人が生まれてきてくれた日だから。私にできることは少ないけど、心を込めてお祝いしたかったんです」

そうはにかむエマに心が揺さぶられる。

まったく、こいつは……。
俺を、どうしたいんだ……。

「……ありがとう」

俯きながら俺にできる精一杯の素直な言葉を返す。
声が震えてしまったのは言い慣れない言葉のせいか。

こみ上げてくる熱い思いをごまかすために、下を向き大きく一口頬張った。

三成「悪く……ない」

そのまま二口、三口と頬張る俺に安心したかのように、エマも箸を口に運び始めた。

気を抜けば、目じりから何かが零れてしまいそうで。
そんな俺を目元を和ませて柔らかく見つめる恋人の視線に気づかないまま、俺は黙々と幸せの味を噛み締めるように味わい続けた。

裏に続く


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