血桜鬼

□閉話
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元治元年三月ー

ある日、私は前川邸でまた羅刹のことを調べていたので明け方に八木邸に戻った。
千鶴を起こすのもあれだと思って朝食まで屋根で過ごしていた。

すると、私達の部屋に近付く足音。

この足音は…沖田さん?あ、そういえば千鶴今日炊事当番…
寝過ごしてる千鶴を沖田さんが起こしに来たってとこか。
沖田さんが障子を開けて寝てる千鶴に話し掛ける。






「千鶴ちゃん…千鶴ちゃん…」
「ん…あ…?」






千鶴はまだ寝ぼけている。






「…目が覚めたなら覚めたで、さっさと起きてくれないかな?」






沖田さん寝起きにそんな声音で話すと怯えちゃうよ。沖田さん間違いなく不機嫌だし。

千鶴は寝ぼけてて、誰なのか頭を巡らせてる様子。そんな千鶴に沖田さんはますます苛立ったのか…






「君、自分の立場分かってる?ここに居候してる身分なんだから、せめて起床時間くらい守ってよ。」






千鶴は頭を巡らせて…






「…沖田さん?」






千鶴がそう言うと沖田さんは底知れない笑みを浮かべ、






「仰る通り沖田総司です。まだ脳味噌が眠ってるの?
僕だって暇じゃないんだよ。いい加減にしてくれないかな?」






千鶴は頭で何か確認している様子。






「今日の炊事当番って君だよね。君が布団から出てこないようだと、朝ごはんの準備は間に合わない。
そしたら温厚な僕はともかくとして、心の狭い人達が怒り狂うだろうね。」






その言葉でようやく目が覚めたのか千鶴は布団から跳ね起きた。






「…おはよう、千鶴ちゃん。君って意外と寝起き悪いんだね。」
「あ、あの、ごめんなさい!」






千鶴は申し訳なさそうに沖田さんに頭を下げる。






「別に反省しなくていいよ。君のせいで僕が手間取ったのはもう変わらないことなんだし。」
「…すみません…」






沖田さん厳しい…
沖田さんはため息を吐くと、






「君はただでさえ厄介者なんだから、少しくらい役に立ってくれないと。
邪魔にしかならないようだったら、屯所に置いてあげる意味がないよ。」
「…」






沖田さん…お灸が必要なようですね。






「僕は勝手場に行ってるから、さっさと準備してきてよ。」
「はい、すぐ行きます!」






沖田さんが部屋を出たと同時に千鶴は着替え始めた。
それと同時に私は屋根から下りて沖田さんの頭を木刀で殴る。

ボカッ






「痛っ……って妃奈ちゃん?朝っぱらから何?僕忙しいんだけど。」
『千鶴苛めたら木刀で殴るって言ったよね?だから殴りました。』






沖田さんは不満気な顔をすると、すぐに勝手場に足を向ける。






「はいはい、すみませんでした。じゃあ炊事当番だからまたね。」
『はーい。』






私は朝食までもう少しかかるだろうと思い、中庭でぼーっとしていると、






「きゃあっ!?」






どこからともなく千鶴の悲鳴が聞こえー






「熱っ!?味噌汁、熱っ!?」






間抜けな悲鳴も聞こえた。






「危ないところだったな、千鶴。驚かせちまったか?」
「い、いえ、その…!」






原田さんが間一髪で膳と千鶴を支えていた。






「自分の足で立てそうか?この体勢を続けるのは結構しんどそうなんだが…」
「はい、大丈夫です!」






原田さん少しも辛そうに見えない。やっぱり男の人なんだなぁと思う。
現代の男子も見習ったらいいのに。

千鶴は原田さんから離れて膳の状態を確認する。






「おひたしとお味噌汁がない!?」






千鶴は慌てる。すると、






「こら、慌てるな千鶴ちゃん。おひたしなら無事だぜ。」
「え…」






見ると永倉さんが片手でおひたしの器を持っていた。着物と床は味噌汁で汚れていた。






「けど味噌汁は駄目だな。ほとんど俺にかかっちまったし、残りは床に零れちまった。」
「な、永倉さん…!ありがとうございます!だけどヤケドしてませんか?あ、服も濡れちゃって…」
「仕方ねぇよ、気にするなって。ちょうど目の前に降ってきたんだ、受け止めねぇ方がおかしいだろ。
次から気をつけてくれりゃ、それでいいさ。廊下を歩く時はもう余所見するんじゃねぇぞ?」
「いや、なんで説教してんだ。こいつは別に悪くねぇって。」





原田さんが永倉さんをたしなめてる。






「今のは俺が急に出てきたせいでぶつかっちまった訳だからな。」
「い、いえ、でも…。私がもっと素早く避けていたら何事もなかった訳ですしっ。
むしろ助けていただいて本当に申し訳ないです…!」






千鶴が永倉さんに何か言われるのかと思って身を固くしていると、永倉さんは感心したような笑みを千鶴に向けた。






「よし。今日はその謙虚さに免じて、俺が廊下の掃除しといてやる。」
「ええっ!?」






千鶴は驚いて声を上げた。






「そんな驚くことねぇだろ。味噌汁臭くなる前に井戸行って水浴びしなきゃなんねぇしな。
そのついでに雑巾洗うくらい、まさに【朝飯前】って奴だろ?」






甘えてしまっていいのか千鶴は迷っているけど、炊事当番だから早目に勝手場に戻った方がいいと思う。






『せっかくやってくれるって言ってるんだから、甘えなよ千鶴。』
「妃奈ちゃん!いいのかな…」
『大丈夫だよ。あ、その膳私が食べるよ。私のとこに置いといて。』
「ええっ!?いいの?」
『平気だよ。落としてはないけど盛り付けぐちゃぐちゃでしょ。永倉さん早くしないと味噌汁臭くなるよ。』
「おお…じゃあ、行って来ら。」






千鶴は私の方に向かって






「ありがとう妃奈ちゃん、原田さんもありがとうございました。じゃあ…広間に行くね。」






そう言って千鶴は仕事に戻った。






『じゃあ…私も広間に行ってます。』
「おう。」






広間に行くと山南さんがいた。






「おはようございます、如月君。」
『あ、おはようございます。』
「…あくまでも君達の立場は、私達新選組の【客人】です。なのに隊士と同じ雑務まで雪村君にはあれこれ任せてしまってます。
人手不足の現状とはいえ、君達には申し訳ありません…」
『私なら大丈夫です。千鶴も何もしないのも不安でやってることですし。』
「ありがとうございます、如月君。そう言ってもらえると助かりますよ。
こんな時は言葉だけでなく、行動で感謝を示したいものですが、私はお膳運びすら手伝えません。」
『……』






山南さんは年末に左腕に大怪我して以来、落ち込んでしまって自虐的な発言をすることが多くなった。

私はそんな山南さんの発言には私は無視を押し通している。すると、井上さんが入って来た。






「おはよう、ふたりとも。」
『おはようございます。』
「朝食の時間だっていうのに、他のみんなはどうしたんだい?」
「皆さんも井上さんとご一緒に日課の朝稽古をしていたのでは?
私は道場から縁遠い身ですし、欠席者の有無までは存じませんが。」






山南さん…心臓に凄く悪いです。
井上さんは少し困った顔をしながら話を続ける。






「藤堂君は不参加だったよ。彼は昨晩の巡察当番だったから。永倉君と原田君は…ずいぶん前に稽古を切り上げて母屋に戻ったはずなんだが。」
「二人なら廊下の掃除してますよ。沖田さんと斎藤さんなら炊事当番で勝手場ですけど、呼びに行きますか?」
「そうだなあ…」






井上さんが考え込んだちょうどその時。






「お、飯は準備万端だな。さっさと食っちまおうぜ!」






永倉さんが広間に現れて張りのある声で言った。続いて入って来た原田さんが私に向かって言う。






「妃奈、廊下の後始末は終わったから大丈夫だって千鶴に伝えといてくれ。」
『ありがとうございます。』
「あ、永倉さん原田さんありがとうございました。私の不注意ですみませんでした。」






後から千鶴が来て二人にお礼を言った。






「気にすんなって。」






二人に感謝する千鶴と私に井上さんも視線を向けて来た。






「雪村君、如月君、申し訳ないんだが、平助の様子を見てきてくれんか?」
「はい!」『分かりました。』
「ああ、ついでに土方君の部屋も確認してもらえますか。彼は昨日もずいぶん遅くまで雑務に追われていたようですから。」
「は、はい…!」『はい…』






何故そんな重い仕事が来る。千鶴土方さんまだ苦手そうなのに。山南さんも困ったものね。






『千鶴は平助君ね。私は土方さんの部屋行くから。元より私は土方さんの小姓だし。』
「いいの?じゃあ後で広間でね!」






千鶴を見送ると、重い足を動かして土方さんの部屋へ向かう。




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