血桜鬼

□第4話
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元治二年二月

ある日の朝食後、私はお茶を広間の幹部の皆に持って来た。千鶴には一人で平気だと言い、広間に先に待機していた。






『どうぞ。』
「おお。すまないね、如月君。やっぱり寒い日には熱めのお茶がうまいねえ。」
『井上さんありがとうございます。』






この時代に来てもう一年か。……私はいつ帰れるんだろう。あまり情が移ると帰る時帰りづらいんだけど。
千鶴は千鶴で父親が中々見つからず、滅入っていたが皆が頑張ってくれるから千鶴、勿論私も新選組が好きになっていた。

池田屋や禁門の変で活躍という活躍はできたのかどうかは不明だが、居場所ができたような気がした。
そう思っていると、土方さんが不意に呟いた。






「八木さん達にも世話になったがこの屯所もそろそろ手狭になってきたか。」
「まあ、確かに狭くなったなぁ。隊士の数も増えてきたし……」






永倉さんがしみじみと言う。






『隊士の数はまだまだ増えますよね。平助君も今は江戸で新しい隊士の募集をしてますし。
平隊士の人達なんか雑魚寝でかなり辛そうだし。』






平隊士はすし詰め状態で雑魚寝を強いられている。
部屋を与えられていて良かったとこういう時心から思う。






「だけど僕達新選組を受け入れてくれる場所なんて、何か心当たりでもあるんですか?」
「西本願寺。」
「あははは!それ、絶対嫌がられるじゃないですか!
……反対も強引に押し切るつもりならそれはそれで土方さんらしいですけど?」
「確かにあの寺なら充分広いな。……ま、坊主共は嫌がるだろうが。それに西本願寺からならいざという時にも動きやすいだろ。」
『なんで嫌がられるの?』






私の質問に斎藤さんは淡々とした口調で答えた。






「西本願寺は長州に協力的だ。何度か浪士を匿っていたこともある。」
『なるほど。で、大丈夫なの?』
「……向こうの同意を得るのは決して容易なことではないだろう。
しかし我々が西本願寺に移転すれば、長州は身を隠す場所を一つ失うことになる。」
「あ……!」






千鶴はさっきの言葉だけでは理解できなかったので、追って説明してくれたことでやっと分かったようだ。






「僧呂の動きを武力で押さえつける等、見苦しいとは思いませんか?」






山南さんのたしなめるような口調には隠し切れない苛立ちがのぞいている。




対して土方さんはなだめるような声音で言った。






「寺と坊さんを隠れ蓑にして、今まで好き勝手してきたのは長州だろ?」
「……過激な浪士を押さえる必要がある、と言う点に関しては同意しますが。」






山南さんはまだ不機嫌そうな顔をしている。けれど苦言を続けない辺り、納得はしているようだった。






「トシの意見は最もだが、山南君の考えも一理あるなあ。」
「さすがは近藤局長ですねぇ。敵方まで配慮なさる等懐が深い。」
「む?そう言われるのはありがたいが、俺など浅慮もいいところですよ。」






近藤さんは持ち上げられて素直に照れて頬をかいていたが土方さんと沖田さんはそれぞれに顔をしかめていた。

新選組には新たに入隊した大幹部の人がいた。

それは伊東甲子太郎参謀。
江戸に平助君を残して一足早く近藤さんが連れて帰ってきた新隊士の中の一人だ。
伊東さんは平助君とも親交のある、北辰一刀流剣術道場の先生らしい。
初めて伊東さんを紹介された時も皆いい顔をしなかった。近藤さんと伊東さんがいなくなるとすぐに小声で不信を洩らした。

私も伊東さんは嫌い。江戸時代にもオネェいたんだ……と思った。
そしてできれば関わりたくない人No.1。

伊東さんは尊王攘夷派だけどなんで新選組に来たのか全く真意が読めない。調べているけれど、結果は乏しかった。
山南さんと伊東さんは尊王攘夷派で思わぬところに接点があったり。

……てな訳で今に至る。

屯所移転に異を唱えた山南さんに伊東さんは笑みを浮かべた。






「山南さんは相変わらず大変に考えの深い方ですわねぇ。
まあ左腕は使い物にならないそうですが、それも些細な問題ではないかしら?」






その言葉に場の空気は一変する。






「剣客としては生きていけずとも、お気になさることはありませんわ。
山南さんはその才覚と深慮で新選組と私を充分に助けてくれそうですもの。」





山南さんは何も言わずに押し黙っていた。






「ーー伊東さん今のはどういう意味だ。あんたの言うように山南さんは優秀な論客だ。
……けどな。山南さんは剣客としても、この新選組に必要な人間なんだよ!」
「ですが、私の腕は……」






土方さんは山南さんを思って追い詰める発言をしてしまった。






「あら、私としたことが失礼致しました。その腕が治るのであれば何よりですわ。」
「……くそっ。」






土方さんは今自分の犯した失敗に気づいたのだろう。
無理もないが。伊東さんはやっぱり苦手……っつーか嫌い。いっそのこと目の前から消えて欲しい。






「あー、えー、伊東さん。……も、もし良ければ隊士達の稽古でも見学に行きませんかね?」






近藤さんの誘いに伊東さんは目を細めた。






「まあ……。素敵なお誘いですねぇ。是非ご一緒させて頂きますわ!
男達の汗臭さに浸りにいくのも実に愉快なことじゃ御座いませんか!」
「汗臭さですか?……確かに道場は熱気がこもってるかもしれませんなあ。」






そうして二人は広間から出ていった。
伊東さんはやっぱりオネェだ。確信したよ。

山南さんは何も言わずに広間から出ていってしまった。
大丈夫かな。早まらないといいけど……

伊東さんは今の新選組には頭痛の種だった。





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