血桜鬼
□第12話
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慶応四年四月ー…
近藤さんが敵方に投降してしまった後ーー
土方さんは近藤さんの助命嘆願の為に寝る間を惜しんで旧幕臣の方々のところを走り回った。
しかし旧幕府側は新政府軍を刺激したくなかったようで、土方さんの願いが聞き入れられることはなかった。
そして来る四月十一日ーー
薩摩藩の代表と幕府の全権大使との間で交渉が持たれ、江戸城は新政府軍に明け渡されることになった。
だが、戦いはまだ終わっていない。
私達は一足先に江戸を離れ、伝習隊を主体とした旧幕府軍と合流することになった。
それまで別行動を取っていた土方さんも漸く私達と合流し、旧幕府軍の人達と共に北上を開始することになった。
斎藤さんが率いる新選組本隊は羅刹隊を監督する為にも会津に先行していた。
そうして市川を出た私達は日光を経由し、会津を目指している最中なんだけど……
『……』
味方の軍と合流したというのに刺さるような恐怖と好奇の視線を向けられて、居心地が悪かった。
幕兵といえば、基本的には育ちのいい旗本の子弟がほとんどで、京で人斬り集団と呼ばれてきた新選組は旧幕府軍の中でも異質の存在らしい。
「……なぁ、あいつらが人斬り新選組か?」
「ああ。気に入らなきゃ仲間さえ斬り捨てる、狂犬の集団って噂だ。
目を合わせない方がいいぜ。どんな難癖つけられるか分かったもんじゃねえ。」
近くを行軍している兵士達がひそひそと噂話しているのが聞こえる。
てか、聞こえるくらいの音量ならひそひその意味ないんじゃ…
「……口さがない連中ですね。黙らせてきましょうか?」
『ああいうのには言わせておけばいいのよ島田さん。』
私は不機嫌満載の空気をかもし出しながら言った。
私も不機嫌だが、土方さんも不機嫌だ。
『土方さん、大丈夫ですか?』
「……別に大したことはねえ。」
しかしその顔は蒼白で、今にも倒れてしまいそうだ。
羅刹だから昼の行軍はかなりの苦痛を伴う筈だ。
近藤さんのこともあるから余計神経が尖って見える。仕方ない人だ。
その時ー…
「あっと、そこ、通してくれる? 悪いね。よっと…」
後ろを行軍していた人が他の旧幕府兵を押し退けながらこっちにやって来る。
そして何故か私の前に来た。
「初めまして、あなたが土方さんですか? あなた方新選組の名前は僕達の間でもずいぶん鳴り響いているよ。」
「……」
『……』
もしかして私、土方さんと間違えられてる?
土方さんもさらに不機嫌な空気をかもし出していた。怖いよ。
『……誰?』
まずは何者かを判断しようと私は返した。
「ああ、自己紹介がまだだったね。僕は歩兵奉行の大鳥圭介。伝習隊の指揮を任されている。
新選組の皆さんには今後色々と世話になると思う。色々よろしく頼む。」
すると彼は人懐こく笑いながら右手を差し出してきた。
歩兵奉行って名乗っているけど、武士というよりは豪商のご子息といった方がしっくりくる愛想のいい人間だ。
私は一息ついて大鳥さんの手を握った。
かなり強い力で。
大鳥さんも痛いという顔をした。
『こちらこそよろしく頼みます。私は如月妃奈と言います。
隣にいる土方さんの補佐を務めています。(黒笑)』
「えっ!?」
ここでやっと大鳥さんは間違いに気付いたようだ。
慌てて土方さんに自己紹介し直していた。面白かった。
「大鳥さん。土方さんに何かお話があったんじゃないですか?」
「ああ。是非、新選組の副長から直々に京での、特に鳥羽伏見の話を聞かせてもらいたいと思ってね。」
大鳥さんは笑顔で言うが、土方さんはしかめっ面でありったけの皮肉をぶつける。
「俺から聞くより尾ひれのついた噂でも追っかけた方が楽しいんじゃねえか。
……お喋りな連中が多いみてえだしな。」
「いやぁ、これは申し訳ない。軍備は整えたんだが、軍紀の方はまだ末端の兵まで行き届いていなくて。」
そして気を取り直して本題を切り出した。
「……とりあえず、この軍の編成について説明しよう。
旧幕府軍脱走隊約三千人が、先鋒・中軍・後軍に別れている。僕はその総督を任されているんだが……」
「総督? つまり、あんたが総大将ってことか。」
「一応、そういうことになるね。」
大鳥さんの言葉に土方さんは尚更うんざりした表情になる。
まぁ、近藤さんとは落差が大きいしね…
大鳥さんもそんな反応は予想していたようで、平気そうな顔で話を続ける。
「先鋒は桑名藩、会津藩を主体とした部隊。
そして中軍は僕達伝習隊を主体としている。後軍は幕府回天隊が中心だ。
僕はこの先鋒軍の参謀に土方君を推薦しようかと思っている。どうですか?」
土方さんは怪訝な表情になる。
「……どうして俺なんだ?」
「僕には実戦経験があまりないから優れた先達に従おうかと思ってね。
それに新選組の土方君の名前は敵にも味方にも知らない者はない。
先鋒軍にはうってつけの指揮官だ。」
しかし土方さんは相変わらず無言だった。
多分反りが合わないらしく、目の前の相手が煙りたくて仕方ないという気持ちがあからさまににじみ出ていた。
あんたは人見知りの餓鬼か。
「では、僕はこれで失礼するよ。詳しい作戦についてはまた後日話し合うことにしよう。」
話が噛み合わないまま大鳥さんは幕兵の中に姿を消してしまった。
……やれやれ。