血桜鬼

□第14話
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肌寒い秋風が吹き始めた九月一日。
私達新選組の本隊は仙台に至った。
何事も無くここまで辿り着いたけど、実は少しだけ気がかりなことがある。
先行した山南さん達羅刹隊とさっぱり連絡が取れないのだ。
平助君からも何ら音沙汰が無い。


私達が漠然と抱いていた不安は仙台に到着してから更に強くなった。
近頃の仙台では謎の辻斬りが横行していると町の人々が噂しているのを聞いたからだ。


まさか、とは思うけど……不安は増える一方だった。






ーーーーーーー






仙台城で私達を出迎えたのは洋装の紳士だった。
彼は土方さんを見ると嬉しそうに目を細めた。






「久しぶりだなあ、土方君。」


「榎本さんも変わりない様子で何よりです。」






土方さんも珍しく彼には畏まった対応をする。


今挨拶を交わした男性は榎本武揚さん。
幕府海軍の副総裁だ。
無血開城した江戸を見限って旧幕府艦隊の旗艦である開陽丸、以下八隻の軍艦を奪い取った猛者らしい。
(聞いた話だよ?)
榎本さんら旧幕府海軍はその軍艦を率いて私達より早く仙台まで北上して来ていた。






「近藤さんの件はもう聞いたのか?」






榎本さんの問いに土方さんはただ頷いた。






「俺も力及ばずすまなかったな。日本も惜しい人を亡くしたもんだぜ。」






榎本さんは近藤さんを悼んでいた。
表情や声色からもその思いが察せられる。
そんな些細なことだけど彼は良い人だと信じられた。


土方さんも悲しげに笑ったけれどその眼差しは穏やかなものだった。






「あの人の為にも今のことを考えましょう。……仙台の状況を教えてもらえませんか?」


「そうだな、土方君の言う通りだ。……しかしあまり良い情報は無いぞ。」


『え…?』


「まず、仙台城の様子がおかしい。彼らの考えていることはさっぱり読めん。会談を申し込んでも是非の返答すら来ない。」






正式な申し込みに対して返答しないのは藩としては明らかに異常だ。


榎本さんの疑念はそれに留まらなかった。






「仙台城にはおかしな部隊が存在している、という話まで町に広まり始めているところだ。」


『おかしな部隊…?』


「ああ、仙台では辻斬りが横行していてな。
その犯人達が城に戻るところを見た……、という噂がまことしやかに囁かれている。」


『……』






仙台に存在するおかしな部隊。


連絡の取れない山南さんら部隊。


まさか…
土方さんも私と同じことを考えたのか、厳しい表情で押し黙っていた。






「何にせよ、このままでは動きようがない。
せめて辻斬りの犯人でも捕縛して治安の維持に努めたいところだが……」


「……榎本さん。その辻斬りの件、俺たちに預けてもらえないか。」


『お願いします。』






私達の決然とした眼差しを受けて榎本さんは僅かな思案の後に頷く。






「……よし、この件は君たちに一任しよう。詳しい事情は聞かねえことにしておくよ。」


『ありがとうございます…』






榎本さんは私達から離れて行った。


さばさばしているのに人情家な榎本さんはきっと部下からも慕われてるに違いないだろう。
土方さんとも気が合いそうでちょっと安心した。
でも拭いきれない不安は胸中に渦巻いている。






『土方さん、山南さんは……』


「憶測の段階じゃあ何も明言できねえよ。だが、現時点で確実に言えるのはーー、もしあの人が辻斬りの首謀者なら俺が山南さんを斬るってことだけだ。」


『土方さん…』






土方さんは苦渋を滲ませながら言葉を続ける。






「羅刹の寿命について知った時、山南さんはかなり動揺してたからな。自暴自棄になっても不思議じゃねえ。」


『確かに…』






山南さんが辻斬りをしている可能性はかなり高いけど……、私は彼が辻斬りと無関係であることを願うばかりだった。


最悪の答えがもたらされるならば土方さんは迷わず斬るのだと思う。


……でも本当は斬りたくない筈。


土方さんが斬らなければならないなら、その時は私がーー、この手で…





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