血桜鬼
□第16話
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明治一年十二月。
大鳥さんが私に連絡をくれたのは松前藩が陥落してすぐだった。
松前藩は最北にある藩。
土方さん達が蝦夷地で活動するなら真っ先に手中に収める必要がある土地だ。
私は飛んでも良かったのだが、吸血鬼だとバレる訳にはいかないので大鳥さんの好意に甘えて指示通りにロシアの商業船に乗り込んで海を越えた。
蝦夷地はとても寒く、雪に覆われていた。
それを踏まえてチョッキでは寒いと思い、土方さんの着るデザインによく似たジャケットを買って羽織ってきた。
「やあ、如月君。」
箱舘に着いた私を大鳥さんが自ら出迎えてくれた。
『この度は便宜を図って頂き、本当にありがとうございました。
それと……、蝦夷共和国の樹立、おめでとうございます。』
旧幕府軍はこの蝦夷地に共和国を築いたのだ。
「共和国なんて、大袈裟な呼び名だけどね。
細かな人事を決める選挙も終わったし、おかげで君を呼び寄せる地盤が固まったよ。」
『選挙があったんですか?』
誰が権力を持つべきかを全員で判断する。それは昔も今も変わらなかった。
「共和国の総裁は榎本さんに決まったよ。皆を取りまとめられるのは彼しかいないしね。」
大鳥さんは陸軍奉行、土方さんは陸軍奉行並となるらしい。
「……待っているだけの三ヶ月間はやっぱり長かったかな?」
『……はい。胸にぽっかり穴が開いたような時間でした。』
でもたった三ヶ月で松前藩を落としたという事実は私から見ても凄いと思う。
私にとっては長い三ヶ月、だけど地盤を整えるには短すぎる時間だ。
他愛なく世間話をする合間、ふと大鳥さんの顔に影が差した。
「蝦夷に来てから、土方君は少し変わったよ。」
『え?』
「部下達に優しくなったけれど、自室に閉じこもる時間も増えている。
よく物思いに沈んでるみたいだ。そんな時は誰も寄せ付けようとしない。」
『嘘……』
あの土方さんが?
驚きに満ちた顔をする私に大鳥さんは書状を差し出した。
「きっと、彼には君が必要なんだよ。」
『私、ですか?』
「それと、この書状は僕からの辞令だよ。細かいことは土方君に渡せばわかる筈だから。」
『ありがとうございます。』
私は彼から書状を受け取ると深々と頭を下げた。
ーーーーーー
風間に受けた傷も癒えて、年の瀬も押し迫った頃。
私は寒さに身を縮ませながら、五稜郭という場所までやってきた。
今夜は多くの人々が広間に集って新政府樹立の祝杯を挙げているらしい。
けれど土方さんは集まりに参加せず一人で部屋に閉じこもっている。
何やってんだか。
『……』
私は深呼吸して土方さんのいる部屋の戸を二回ノックした。
『……』
暫くして突き放すような声が返ってきた。
「……俺は絶対に出席しないからな。今は浮かれてるような場合じゃねえんだ。」
『っ……』
聞き慣れた、懐かしい冷徹な声を耳にして私は反射的にドアノブに手をかけた。
『ーー失礼します。』